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毎日新聞2024/11/28 05:20(最終更新 11/28 05:20)有料記事3252文字
経済成長は永遠に続くか
人工知能(AI)が扱う膨大なデータが、電力需要を押し上げている。
三菱総合研究所によると、2040年には20年と比べ、国内で流通するデータ量は約350倍、データセンターの計算量は十数万倍になるという。
電力中央研究所は、50年までに電力消費量が37%増えると見積もる。いまだに発電の多くを化石燃料に頼る中、データの増大は脱炭素の足かせだ。
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データを扱うための電力をいかに抑えるか。そのカギになる、次世代の省エネ半導体の開発に取り組む一人が、天野浩・名古屋大教授だ。
天野さんは、14年に青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞を共同受賞した。それまで緑と赤があったが、青ができたことで光の三原色がそろい、LEDで白い光をつくれるようになった。白熱灯や蛍光灯がLEDに置き換わり、世界規模で照明の省エネが進む「革命」が起きた。
天野さんは、次世代の省エネ半導体が次の「革命」を起こす、とにらむ。
次世代半導体の実験室を案内する天野浩教授=名古屋市千種区の名古屋大で2024年7月10日午後1時10分、千葉紀和撮影
青色LEDの材料である窒化ガリウムを使い、従来のシリコン(ケイ素)より約25%の省エネになる半導体を18年に開発した。この半導体をデータセンターに使えば、大幅な省電力化が可能だという。既に商品化も進んでいる。
天野さんは、再生可能エネルギーにも生かす研究を進めている。
太陽光や風力は、天候によって供給量が変わる弱点がある。電力網は、需要と供給にずれが生じると周波数が狂い、大規模な停電につながってしまう。
だが次世代半導体を使うと、周波数の変化を素早く感知できる。蓄電池などと組み合わせ、需給バランスを調整する新しい電力網を構築すれば、不安定な再生エネを安定した電力源として電力網に組み込むことができ、再生エネの割合を増やせる可能性がある。
天野さんは「技術開発で得た高度な技術を無駄にせず、むしろ伸ばしながら、エネルギーを再生エネで賄えるようにシフトしていくことが重要だ」と強調する。
レールに太陽光パネル
再生エネの課題は他にもある。広大な土地が必要で、森林や山地を切り開いて大規模な発電所をつくると、景観や自然の破壊にもつながりかねない。
熊本県山都町で開発が進むメガソーラー=2023年5月23日、本社ヘリから
世界では、新しい形で再生エネの活用が進んでいる。
山岳鉄道が発達するスイスでは25年から、鉄道のレールの間に着脱可能な太陽光パネルを設置する取り組みが始まる。
スイスの国営放送によると、既存設備の使われていないスペースを生かすねらいで、年間100万キロワット時、約30万世帯分の電力供給が可能だという。同様の取り組みはフランス、スペイン、韓国などでも検討されている。
新華社通信によると、中国西部・甘粛省の砂漠では、まるで虫眼鏡で太陽熱を集めるような発電所の建設が進む。
高さ約200メートルのタワー2基の周りに、ひまわりのように広がった3万超の鏡面パネルを置く。パネルは太陽の向きに合わせて動き、太陽光をタワーに集める。太陽光が途絶える夜間でもタワー内は500度以上の熱が保たれ、24時間安定して送電できるという。
太陽光を宇宙で
さらに意外な構想が、1960年代からある。宇宙に太陽光発電所をつくるのだ。
宇宙太陽光発電のイメージ図=JAXA提供
この研究に取り組む国内の第一人者が、京都大生存圏研究所の篠原真毅教授だ。
篠原さんによると、赤道の上空3万6000キロの静止軌道に、約2キロ四方の巨大な太陽光パネルを浮かべる。発電した電気は、テレビや電話などに使われるマイクロ波に変えて地上のアンテナに送り、再び電気に戻す。原発1基分に相当する約100万キロワットの電力が得られるという。
地上と違い、宇宙では昼夜や天候を問わず、地上よりも強力な太陽光エネルギーを取り込める。空間の制限もほぼない。変換によるロスを加味しても「理論上では地上の太陽光発電の5~7倍の発電量が見込める」(篠原さん)という。
「24時間365日フル稼働で、二酸化炭素(CO2)フリーの電力を効率よく無尽蔵に確保できる『究極の再生エネ』。気候変動問題を解決する切り札だ」と篠原さんは語る。
宇宙太陽光発電の研究を進める京都大生存圏研究所の篠原真毅教授=京都府宇治市で2024年10月4日、田中韻撮影
米カリフォルニア工科大は23年に軌道上に小型実証機を投入し、宇宙から地上への送電実験に成功。欧州宇宙機関(ESA)も22年に実用化に向けたプログラムを始めた。
国内では45年以降の実用化を目指し、12月には航空機を使って、長距離無線送電の実証実験を始める。
1基1兆円を超える高コストが課題だが、篠原さんは「人の手によって引き起こした地球環境問題をクリアするには、科学の力を使うほかない」と強調する。
右肩上がりの未来は
資本主義は、経済成長を前提にしてきた。
人口が増え、労働力が増え、技術革新でモノやコトの生産性や価値が上がり、国内総生産(GDP)が増える――。予測する未来は常に「右肩上がり」だ。
世界のGDPと1次エネルギー消費量
だが気候変動によって、その未来が揺らぐ。成長に必要なエネルギーは増え続けるのに、地球の環境や資源には限りがある。
経済成長は永遠に続くのか。
天野さんは、次世代半導体をはじめとする省エネ技術でエネルギー消費量を減らし、減らせない部分は再生エネの電力を使うことで、人が我慢をせずに便利さを保ったまま、温室効果ガスの実質排出量ゼロを実現できると考える。
「次世代半導体は、これがないと経済成長しないのではないか、というくらい大事な技術だ。サステナビリティー(持続可能性)が実現して世の中がよくなれば、人のためにもなる」と述べ、技術革新によって、持続可能な社会と経済成長を両立させるべきだと訴える。
猪野弘明・関西学院大教授(ミクロ経済学)は、モノを循環させる必要性を訴える。
海岸の清掃活動で集められたプラスチックごみ=金沢市で2023年9月3日、長谷川直亮撮影
環境への負荷を減らすには、まず大量消費、大量廃棄の社会を変えなければいけない。リサイクルにかかる費用を、あらかじめ販売費に上乗せしたり、デポジット(預かり金)で預かった金額を、リサイクル時にリファンド(返却金)として購入者に戻したりする施策が考えられる。
価格が上がれば、買い控えなどを招くデメリットがあるが、リサイクルへの意識や行動が高まると、猪野さんはみる。
「買い控えで経済のパイ自体は小さくなるかもしれない。しかし、それは過剰だった分が減るので、全体ではメリットになる」(猪野さん)
成長は絶対目標か
広井良典・京都大教授は、経済成長を絶対的な目標にしなくても十分な豊かさが実現できる社会として「定常型社会」をおよそ四半世紀前に提唱した。
「成長に固執し、地球環境など多くのものを失い、犠牲を出してきた。先進国は既に物質的な豊かさが飽和し、実際にゼロ成長に近づいている」と話す。
インタビューに答える広井良典・京都大教授=東京都千代田区で2024年3月19日、宮本明登撮影
30年までの達成を目指す「SDGs」(持続可能な開発目標)や、精神的、社会的な豊かさを包含した「ウェルビーイング」、ジェンダー平等、福祉などの政策がとられ、GDPだけで豊かさを測れない時代になってきた。
広井さんは「定常型社会とは、物質的な富の量が増えないというだけで、中身や質は変化し、創造性に満ちた社会だ」と強調。成長を求めなくとも、豊かさを享受できる、との立場だ。
江戸文化研究者で法政大総長を務めた田中優子さんは「産業革命以降、資源は無限かのような幻想を抱き、人々が奪い合いを繰り返してきた結果が、今につながる環境破壊だ。足元を見つめ、今あるものを生かす方向に転換しなければ、環境はさらに破壊される」と憂える。
そしてこう続けた。「際限のない人間の欲望こそ見直すべきだ」
連載「神への挑戦」では、科学技術がもたらす光と影を追ってきた。気候変動は、その最大の「影」だと言える。人間のあくなき欲望と、かけがえのない地球環境を両立できるか。どう両立するのか。
問われているのは、われわれ人間自身なのだ。=第3部おわり
(この連載は渡辺諒、田中韻、松本光樹、信田真由美、寺町六花が担当しました)