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毎日新聞2024/9/5 東京朝刊有料記事1287文字
8月8日に宮崎県沖でマグニチュード(M)7・1の地震が発生し、最大震度6弱の揺れを観測した。これを受け、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)を発表し、1週間の巨大地震に対する注意を呼びかけた。新幹線などの鉄道が減速運転し、海水浴場の臨時休業などもあったが、警戒された大きな地震は起きずに終了した。
初の発表だったため、社会では戸惑いが見られたが、地球科学に50年近く携わってきた私としては「いよいよ南海トラフ巨大地震の季節が始まった」との感が強い。
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翌9日には神奈川県西部で最大震度5弱の揺れを観測する直下型地震が起き、首都圏に不安が広がった。現在の日本列島は2011年の東日本大震災によって1000年ぶりに始まった「大地変動の時代」と、100年おきにほぼ規則正しく襲ってくる南海トラフ巨大地震という二つの災害イベントが重なる時期にある。8月に起きた二つの地震に直接の関係はないが、近未来の日本が抱える三つの激甚災害、すなわち南海トラフ巨大地震、首都直下地震、富士山や桜島など活火山噴火への「予行演習」として読み解くことができる。
南海トラフ巨大地震の発生時期は、地盤の上下動の規則性から予測すると35年ごろ、5年の誤差を見込んで30~40年に起きると考えられる。次回は東海・東南海・南海の三つの震源域が同時に活動する「3連動地震」となり、東日本大震災と同規模のM9・1が想定されている。九州から関東までの広い範囲が震度6弱以上の強い揺れに襲われ、震度7となる地域は10県151市町村に及ぶ。
犠牲者総数は約23万人、経済的損失は約213兆円と試算され、東日本大震災の犠牲者(2万人)被害総額(20兆円)の10倍以上となる。総人口の半数を超える6800万人が被災する。
国は今後30年以内にM8~9クラスの巨大地震が起きる確率を70~80%と発表している。
ところが、今回も含めて発表される情報に大きな問題があると私は考えている。というのは、「30年以内の地震発生確率」と言われてもピンとこないからだ。私のような専門家もイメージしにくい。
そこで、あることに気がついた。人は実社会では「納期」と「納品量」で仕事をしている。いつまでに(納期)、何個を用意(納品量)という表現でなければ、人は動けないのではないか。
そこで私は、2項目だけを伝えることにした。「南海トラフ巨大地震は約10年後に襲ってくる」「災害規模は東日本大震災より10倍大きい」
6800万人が被災すると、近隣地域から救助や援助に駆けつけられないので、「自分の身は自分で守る」しかない。一方、今から準備を始めれば、想定される死者の8割、経済被害の6割を減らせるという専門家の試算がある。
現在の地震学では、何月何日に起きるという予知はできない。30年代のいつ来るかはわからないが、必ず来る。手をこまぬいていれば国家滅亡の危機となる。地震防災の鉄則は、平時に準備をすることにある。
■人物略歴
鎌田浩毅(かまた・ひろき)氏
「科学の伝道師」として知られ、近著に「M9地震に備えよ」(PHP新書)