|
毎日新聞2024/9/9 06:00(最終更新 9/9 06:00)有料記事1814文字
一般社団法人「日本若者協議会」が主催した勉強会では、エネルギー政策に必要な新たな視点などを議論した=東京都千代田区で2024年9月3日、大場あい撮影
「『原発事故を起こさない』という安全性、『停電で人々の生活に影響を与えない』という安定供給と同じように、私たちの社会が続くか続かないか(を左右する)という『1・5度』は、一つの方向性として示されなければいけないと思います」
東京都千代田区の衆議院第1議員会館で3日にあった公開勉強会で、一般社団法人「日本若者協議会」のメンバーが、日本のエネルギー政策についてこんな提案をした。「1・5度」は、地球温暖化による悪影響をできるだけ少なく抑えるために、産業革命前からの世界の平均気温の上昇幅を1・5度に抑えようという世界共通目標のことだ。
Advertisement
エネルギー政策の基本原則を考える勉強会。一般社団法人「日本若者協議会」が主催し、オンラインとのハイブリッド形式で開催された=東京都千代田区で2024年9月3日、大場あい撮影
勉強会は「S+3E+?」をテーマに、日本若者協議会が主催した。協議会は若者の声を政府や政党に届けようと2015年に設立され、個人会員は1000人を超える。
S+3Eとは、安全性(Safety)を大前提に、安定供給(Energy Security)▽経済効率性(Economic Efficiency)▽環境適合(Environment)――を同時実現するという考え方を指す。日本のエネルギー政策の基本となる視点だ。
電力でいえば事故を起こさず、需要に合う電力を供給し、発電コストを低く抑え、温室効果ガスや大気汚染物質を排出しない、ということになる。至極まっとうな考え方で、実現は容易ではない。
エネルギー政策の基本原則を考える公開勉強会。一般社団法人「日本若者協議会」が主催した=東京都千代田区で2024年9月3日、大場あい撮影
でも、本当に今のS+3Eで十分なのか。政府の中長期のエネルギー政策の方向性を示す「エネルギー基本計画」の改定や、新たな温室効果ガス排出削減目標の議論が進む中、協議会がS+3Eに足りない視点について考える場を企画した。
勉強会では協議会の他、3団体が見直したり追加したりすべき視点について提案した。気候変動対策強化を求める若者の運動「フライデーズ・フォー・フューチャー(未来のための金曜日)」のメンバーは、「環境適合」に温室効果ガス排出削減だけでなく、再生可能エネルギー導入拡大の際に環境破壊をしないことや、日本で使われるエネルギーがグローバルサウスや将来世代にどう影響するかを考慮することなどを挙げた。
現行のS+3Eに違和感を抱いていたのは若者だけではない。
一般社団法人「日本若者協議会」が主催した公開勉強会では、四つの若者団体がエネルギー政策の基本原則についての提案を発表した=東京都千代田区で2024年9月3日、大場あい撮影
「エネルギー政策の議論を聞いていて、なんかしっくりこない、もやもやする気持ちを抱えていたんです」。そう話すのは、東京大教授の江守正多さんだ。
江守さんは気候科学者で、エネルギー政策は元来、専門外。だが、エネルギーシステムの見直しは地球温暖化対策には欠かせない問題だ。東京電力福島第1原発事故後、国のエネルギー基本計画を議論する会合などをインターネットで傍聴するようになった。
議論の印象は「非常にテクノクラティック(技術家主義的)」。S+3Eという考え方は一見もっともらしく見えるが、実はテクノクラート(技術官僚)主導で議論しやすいように設計され、本来必要なのに欠けている視点があるのではないか――。2020年から、社会学や政治学など幅広い分野の研究者とともに、日本のエネルギー政策の議論の過程などを検証する研究プロジェクトを進めてきた。
江守正多・東京大教授=東京都文京区で2024年8月15日、大場あい撮影
研究の中で見えてきたのは、生活に必要なエネルギーを十分に利用できない「エネルギー貧困の問題」、発電施設立地地域のコミュニティーへの影響など、これまでの議論では抜け落ちていた視点がたくさんあることだった。S+3Eが基本とはいえ、気候変動やエネルギー関連の審議会の議事録を分析すると、経済に関する言及が圧倒的に多いことも分かった。
プロジェクトの成果として、江守さんらは今年、「S+4E」という視点を提案した。もう一つのEは「Equity&Justice(公平・公正)」だ。
江守正多・東京大教授=東京都文京区で2024年8月15日、大場あい撮影
「視点を追加すると、議論はまとまりにくくなるかもしれません。気候変動対策としては、早く政策を決めて早く実行していくことが大事なので、そこにジレンマはあります。でも、公平・公正という視点が抜け落ちたまま政策を決めて、不利益を被る人たちの存在が見過ごされていくことは避けなければいけないし、そういう問題を見過ごしていくことがどこかで政策推進のブレーキになることもあり得るのではないでしょうか」(江守さん)
誰一人取り残さない気候・エネルギー政策実現に少しでも近づくためには、議論の大前提を疑い、見直すことから逃げてはならないのだ。【くらし科学環境部・大場あい】
<※9月10日のコラムはオピニオン編集部の鈴木琢磨記者が執筆します>