|
毎日新聞2025/1/14 05:31(最終更新 1/14 05:31)有料記事1747文字
日本人研究者の名前を無断使用した論文。所属先とされる大学は実際とは異なる=ハゲタカジャーナルとみられる学術誌のホームページより(画像の一部を加工しています)
生成AI(人工知能)で「フェイク論文」が作られ、日本人研究者3人の名前が無断で使用されていた。被害を受けた研究者は論文の削除を求めているが、出版社側は応じていない。生成AIの専門家は「極めて憂慮すべきことが起きた」と注意を呼びかけているが、根本的な対策はあるのだろうか。
「あれ? 自分の名前だ」。森林総合研究所の藤井一至主任研究員(土壌学)は昨年11月上旬、別の研究者の論文を査読(内容チェック)する作業中に自身の名前をインターネットで検索したところ、書いた覚えのない論文を2本見つけた。
Advertisement
無断で名前を使用された森林総合研究所の藤井一至主任研究員=本人提供
藤井さんがその2本を確認すると、所属機関が実際とは異なる「東京大」「名古屋大」とあり、両大学の存在しない組織名も併記されていた。ネットで公開されているAI判定ソフトで調べたところ、論文はAIによるものと判定された。藤井さんは「私が書けなくもないけど書かない内容。中身は間違っていないが新規性はない」と断じる。
論文に記された著者の連絡先は、藤井さんが実際に使用しているメールアドレスに数字の「25」が足されたもの。メールを送ってみたが、使われていないアドレスだったという。
藤井さんは11月中旬、出版社に「この論文はフェイク論文だ」と削除を要請。しかし返答はなく、数日後、うち1本の著者名が別の日本人研究者に差し替わった。残り1本は現在も藤井さんの名前で掲載されたままだ。
生成AIを悪用している疑いがあるオンライン学術誌。出版倫理や不正行為に関する声明をまとめてはいるが……=同誌のホームページより(画像の一部を加工しています)
藤井さんは引き続き削除を求めているが「自分で投稿した論文ではないので、自ら撤回もできない。適切に書いた私の論文が信用されなくなり(フェイク論文と)同じように見られてしまう。苦労して書いた論文が陳腐化してしまうのではないかと心配だ」と憤る。
藤井さんに代わり、新たに論文の「著者」にされてしまったのは、ある国立大の男性准教授。論文の本文は藤井さんの名で掲載されていた時と1文字も変わっていなかった。准教授は取材に「サイトを確認したが、所属の記載は実際と異なり、メールアドレスも私のものと違う」と説明した。
別の公立大の男性教授もフェイク論文に名前を無断使用された。教授は「私は執筆、投稿していない。このような事態に初めて遭遇し、驚いている。私の名前をかたった虚偽の著作物が出回っていることは大変問題だ」と戸惑いを隠さない。「手抜きしたい学生がネット情報をつぎはぎして書いたような質の悪い文章だ。内容が全くない」と評価した。学術誌側に論文の削除を求めるという。
「極めて憂慮すべきことが起こった」
生成AIの専門家はどうみるのか。
日本人研究者の名前が無断使用された論文は、本文の94%が生成AIで作られたと判定された=生成AIで書かれた文章かチェックできるQuillBotのホームページより
「極めて憂慮すべきことが起こった」。文章が生成AIで作られたかどうか調べる判定ソフトの開発に取り組む国立情報学研究所の越前功教授(情報セキュリティー)は懸念を示す。
越前さんによると、生成AIは特定の人物をプロファイリングし、特徴を取り込んで文章化することもできる。本人の主義主張を微妙に変え、あたかもその人が書いたように見えるものが流布されてしまう恐れがある。
日本人研究者の名前が無断使用された論文の本文をAI判定ツールにかけたところ、「AIによって生成された可能性がある」「99%偽物」との結果が示された=GPTKitの画面から
越前さんは「人間が見ても本物か否か判定できない。名前を無断使用された研究者は、培ってきた名誉や評判を深刻に傷つけられてしまう」と指摘した。
問題の学術誌は、粗悪な「ハゲタカジャーナル」とみられる。ハゲタカ誌の中には、正規の論文を全文盗用し、著者を別の人物に差し替えてしまうものも確認されており、複数の日本人研究者も被害に遭っている。今回は生成AIで作った偽論文に、実在する研究者名を著者として無断掲載する新手のケースだ。
生成AIを悪用するハゲタカジャーナルのイメージ
ハゲタカ誌への対策として、研究者や学生向けに注意喚起するなど国内でも広がりを見せているが、各研究機関任せなのが実情だ。名前を無断使用された藤井さんは「海外の研究機関では、知的財産権関連の問題に遭遇した時に助けてくれる相談窓口がある。日本の場合は被害に遭っても個人の問題として扱われてしまう」と現状を問題視する。個人の問題ではなく、何らかの組織が対応すべきだという考えだ。
日本学術会議は2020年9月、ハゲタカ誌について研究者間で情報共有し、使用を防ぐために国内外の大学や研究機関などによるコンソーシアム(共同事業体)を設立すべきだとする提言を公表した。だがその後、学協会側から目立った動きはない。【鳥井真平】