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毎日新聞2024/9/10 06:00(最終更新 9/10 06:00)有料記事1851文字
TBS「報道特集」のスタッフルームで笑顔を見せる曺琴袖さん=東京都港区赤坂で8月27日、鈴木琢磨撮影
「ごめんなさい。母校の快挙に感動みたいなストーリーに、はまらないかも……」。東京・赤坂のTBS本社で会うなり、「報道特集」編集長の曺(チョ)琴袖(クムス)さん(54)にそうわびられました。
彼女は夏の全国高校野球選手権大会で初優勝した京都国際の前身、京都韓国学園(中学)の卒業生。甲子園に流れた韓国語の校歌をつくった人物にまつわる資料を探していた私は、開校50周年記念誌(1997年刊行)にTBS報道局外信部勤務の肩書で祝辞を寄せていたことを知ったのです。ういういしいスーツ姿の写真も添えて。
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「アハハ、入社2年目でしたね」。中学時代の鮮烈な思い出をつづっています。<初めて書くハングルでの自分の名前に感激し、「在日韓国人」の被差別の歴史に怒り、母国への修学旅行で投げつけられた「パン・チョッパリ」という言葉に傷つき、涙を流しました>。さらに驚いたのは次のくだりです。<厳しすぎる先輩・後輩の関係、いじめ、狭い環境内での学力競争の激しさ、そして何よりも、「在日」としての自分に向きあわない同胞への失望感。あの頃は純粋であるが故に、その失望感が嫌悪感となって私の心を支配していました>
京都国際の甲子園での優勝を静かに喜ぶ曺昌淳さん。現在地への移転の苦悩の歴史を報告書「長く遠い道」としてまとめている=東京都新宿区で8月28日、鈴木琢磨撮影
「よく覚えています。私の初稿を読んだ母が『こんな御用作文、載せる必要ない!』とダメ出しして。だから、ホンネをにじませて書き直しました」。とはいえ、さすがに決勝戦のあった8月23日はそわそわ? 「金曜の午前だったでしょ。うちの番組は土曜の夕方オンエアなので、朝からスタッフルームにこもってVTRの最終チェックをしていました。家族のグループラインで優勝に気づいたんですが、やったあーと声をあげることもなく。私のなかでは別の学校って感じがあって。でも、父はすっごくうれしいだろうなって思いましたよ。それにスポーツマンの兄も」
父の曺昌淳(チャンスン)さん(84)は京都韓国学園の事務長や常務理事を歴任、生徒不足や財政難に直面しつつ、左京区北白川の旧校舎から東山区の現在地への移転交渉をになった中心的な存在だったのです。いまは東京に暮らす昌淳さん、決勝戦を見た居間で余韻にひたっておられました。「後輩の経営陣が存続の危機にあった学園を野球でもり立てようと一生懸命、頑張ってきましたからね。まあ、それでも望外の出来事ですよ、日本一なんて。むろん、野球部の栄華も永遠ではありません。韓国系の国際学校として発展していくには教育の中身をどれだけ充実させていけるかです」
曺貴裁さん=2024年4月20日、中川祐一撮影
もうひとり、スポーツマンの兄とはサッカーJ1京都サンガ監督の曺貴裁(キジェ)さん(55)のことでした。「兄は小学校からサッカーに打ち込んでいましたが、父の勤める京都韓国学園へ進む考えでいたようです。サッカー部はありません。ほんとうは地元の大原中でみんなとサッカーを続けたいに違いないのに、家族会議では『どっちでもいい』と口にする。そのくせ夜、ひとり泣いている。だから私、父に言ったんです。『私が韓中へ行くから、お兄ちゃんを大原中に行かせてあげて』と」。琴袖さんが淡々と語る在日のファミリーヒストリーに私はハッとしました。父はのちに勤務先で批判されたとか。
彼女の祝辞はこんな問いでしめくくられています。米国への留学で視野を広げたのかもしれません。<「在日」が「在日」として自然にかつより自由に生きられる日本社会を創りたいです。そのためにまず変わらなければいけないのは誰なのでしょう?>。答えはシンプルそのもの。<何も特別なことをする必要はないのです。私が「曺琴袖」として生活すること。それだけで、私の周囲の人全てが、ここに一人の「在日韓国人」がごく当たり前に生きていることを知るのです>。スタッフルームにお邪魔したら、硬派の報道番組を引っ張る頼もしいプロの顔がありました。編集長歴も4年になるそうです。
京都韓国学園開校50周年記念誌「ポジャギ」の表紙と曺琴袖さんが寄せた祝辞の一部=鈴木琢磨撮影
くだんの記念誌は「ポジャギ」と題され、表紙のデザインにも使われていました。ポジャギは色や柄、素材の異なるハギレを縫いつなぎ、1枚の味わい深い布に仕上げる韓国の伝統工芸品。そう、ポジャギは愛憎半ばする卒業生からのエールをも包んでいたわけです。京都国際もポジャギの心を受け継いでくれたらいいですね。最後に琴袖さんに聞きました。あの校歌、忘れました? テレくさそうにぽつり。「歌えますよ」。残念ながら、作詞した辺(ピョン)洛河(ナッカ)さんの消息はまだわかりません。【オピニオン編集部・鈴木琢磨】
<※9月11日のコラムはニューデリー支局の川上珠実記者が執筆します>