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毎日新聞2024/9/11 東京朝刊有料記事1008文字
スーパーマーケットの商品棚。さまざまな値段があふれるが、これを決めているのは……=東京都足立区で2022年6月10日午後1時4分、道下寛子撮影
<sui-setsu>
手元に本があれば、裏表紙を見てほしい。税抜きの本体価格の脇に「定価」と書いてあるはずだ。
一方、加工食品などのメーカー発表価格を調べると「希望小売価格」と表示しているものが目立つ。何が違うのか。
あらかじめ決めた価格で販売する「定価」の強制は独占禁止法で禁じられている。小売店が自由に店頭価格を決められなければ競争が起きず、最終的に消費者が不利益を被りかねないためだ。
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「定価」と堂々と明示できるのは、独禁法で例外扱いとされている品目に限られる。本や新聞などがこれに当たる。
小売店に店頭価格を無理強いできない以上、メーカー側は「この値段で売ってほしい」と要望を伝えるしかない。これが希望小売価格ということになる。
松下電器産業会長時代の松下幸之助氏=大阪市で1968(昭和43)年1月10日、岩渓清光撮影
1980年代に入ると量販店の影響力が一気に強まり、家電を中心に値付けを完全に小売店に委ねるメーカーも出始めた。「オープン価格」と呼ばれる手法だ。
「店頭価格をめぐるメーカーと小売店の適度な緊張関係は、消費者のためにも必要です」
流通アナリストの中井彰人さんはこう指摘する。ただし、どちらか一方の力が強くなりすぎても「問題がある」という。
安売りが過ぎればメーカー側の体力は徐々に奪われ、新商品の開発余力までなくなっていく。これでは業界全体が先細りしてしまう。消費者のためにもならない。
消費者も、メーカーも、小売店も満足できる三方よし。これが「適正価格」なのだろう。しかし、その水準を見極めるのが難しい。
ダイエー創業者の中内功氏=大阪市で1968年(昭和43年)8月3日
昭和を代表する経済人2人もこれで衝突したことがある。一方の主役はダイエーを創業した中内功さん。価格破壊を掲げ、メーカーの希望小売価格を大幅に下回る安売り販売に打って出た。
激怒したのが松下電器産業(現パナソニック)を率いる松下幸之助さんだ。系列の電器店を含め「共存共栄」を目指す松下さんから見れば、過度な安売りを許容するわけにはいかなかったのだろう。
出荷停止など強硬策をとり「ダイエー・松下戦争」と呼ばれる対立が長年続いた。メーカーと小売店が激しくせめぎ合っていた時代。2人が想定する「適正価格」の違いが生んだ悲劇ともいえる。
公正取引委員会は8月、カップヌードルなど看板商品の価格をめぐり小売店に不当に圧力をかけたとして即席麺大手、日清食品に警告を出した。価格の先には消費者がいる。どんなに時代が変わっても、原点を見失っては「適正価格」など実現しない。(専門記者)