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毎日新聞2025/2/3 06:00(最終更新 2/3 06:00)有料記事2214文字
アイフライテックの生成AI「スパーク(星火)」を使った学習アプリについて説明する担当者=中国・安徽省のアイフライテック本社で2024年11月13日、米村耕一撮影
チャットGPTなど米国発の生成AI(人工知能)と中国発AIの競争が激化している。
最近では中国の新興企業「ディープシーク」の生成AIが、開発コストの低さと能力の高さで世界を驚かせた。そうした中、開発スピードが速く使い勝手も良い中国発AIが日本市場に進出する動きも広がる。
日本政府はAIの不正利用などに歯止めをかける法案を検討するが、海外事業者に規制や指導の網をどうかけるのか。議論の重要性が高まっている。
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昨年12月、多言語での音声認識や自動翻訳で世界トップレベルの技術を持つ中国のAI企業、「科大訊飛(アイフライテック)」の日本法人(東京都港区)のオフィスを訪ねた。
科大訊飛(アイフライテック)が開発した、透明パネル越しに同時通訳が可能なディスプレー=東京都内で2024年12月5日、田中韻撮影
テーブルに置かれた透明なパネルに向かって日本語で話しかけると、パネルの反対側には瞬時に中国語に翻訳されて映し出される。多様な言語に対応可能で、駅やホテルなど多くの外国人客と接する場所で威力を発揮すると期待されているという。
ただ、この機器にはまだアイフライテック中国本社の担当者が、「チャットGPTに追いついた」と豪語する同社の生成AI「スパーク」は組み込んでいない。
科大訊飛(アイフライテック)が日本国内で展開する文字起こし機能付きの翻訳機=東京都内で2024年12月5日、田中韻撮影
日本法人の担当者は「日本語については、現時点では中国語や英語の水準に達していない面がある。本社の技術者たちはより完璧なものにして出したいのではないか」と話す。ただ、アイフライテックのAIも、ディープシークなどと同様に中国内だけではなく「世界で勝負する」ことが目標だという。
開発から実装までの速さが強み
「社会課題への実践的な対応を重視し、迅速に技術を試しながら発展させていくのが、中国のAI発展の大きな特徴だ。だから中国のAI技術は、開発から社会実装に至るまでのスピードが他国を大きく上回っている」
そう語るのは東京を拠点に日中双方向のマーケティング支援を手がけ、中国のAI業界にも精通する張軼炤さんだ。
アイフライテック社の生成AI「スパーク」の多言語能力が中国車の輸出に貢献していることを説明するパネル=中国・安徽省のアイフライテック本社で2024年11月13日、米村耕一撮影
AI規制の検討に関わる日本政府関係者は開発スピードの速さなどから「中国の生成AIが世界を席巻する日は目前」と予測。日本でも中国で開発された生成AIが広く利用される時期は近いと見る。
実際、日本のあるAI関連のコンサル関係者は、すでに複数の中国発生成AIを日本国内の企業に向けて紹介していると明かす。中でも、短い文章で指示を与えると自動で動画を生成するサービスを動画制作事業者などに勧めており、日本企業の反応は良いという。
この関係者は「米大手と同等、またはそれ以上のクオリティーで、素人でもプロ並みの動画をつくって広告など、さまざまな事業に活用することができる」と話した。
国外事業者への規制は
ただ、中国発の生成AIは、中国共産党批判を避けるなどの「偏り」が最初から組み込まれている。
また、話題となったディープシークのAIはメールアドレスを登録することで日本でも利用可能だが、その利用規約には、何らかの問題が起きた場合の紛争解決には中国の法律が適用され、中国の裁判所の管轄下にあると明記されている。
AIの法規制を検討する有識者会議がまとめた報告書案の公表を受けて記者会見に応じる城内実・科学技術担当相=東京都内で2024年12月26日、田中韻撮影
AIの法規制などを検討する日本政府の有識者会議「AI戦略会議・AI制度研究会」は昨年末に報告書案を公表。その中で、「国外事業者も法規制の対象とするルールを検討すべきだ」と提案し、実務的には国外事業者の日本支社や日本における代表者を通じて対応を求めるとしている。
ただ、有識者会議の事務局を務める内閣府の渡辺昇治審議官は昨年12月下旬の記者会見で「(法律に基づく日本政府による)指導の対象に海外企業も当然入るが、それを相手が聞くか聞かないかというのはある」と語った。
城内実・科学技術担当相も会見後、中国などのAIにも規制の網をかけられるかとの問いかけに「これから検討する」と答えた。日本政府は関連法案の2月中の国会提出を目指している。
法規制で先行する欧州連合(EU)は2024年5月にAI規制法を成立させた。
開発や運用を包括的に規制し、AIシステムのリスクを「容認できない」「高い」「限定的」「最小」――の4段階に分類。段階に応じて規制の強度を設定し、社会的影響の大きい事業者には事前に第三者による適合性評価などを義務づける。
米国ではEUのような包括的な規制はまだないが、安全保障などのリスクの可能性があるAI開発についてバイデン大統領(当時)は23年、事業者に対し安全性テストの実施と情報開示の義務づけなどを盛り込んだ大統領令に署名した。
不可欠な「安心、安全」の確保
ロボットやAI関連の法律に詳しい慶応大の新保史生教授は「EUや米国が念頭に置いているのは対中政策で、中国が最重視するのは自らの体制維持。各国とも国情に応じて枠組みを設けているのに、日本だけが有効な方策を講じていない」と指摘する。
ただ、国境の枠には閉じ込められないAIについて1国だけでの規制や対策には限界がある。多くの国の同意と協力が必要だ。
AI規制については国連や主要7カ国首脳会議(G7サミット)の場でも議論され、米中間でも対話が行われているが、まだ国際的な議論も道半ばだと言える。
新保氏は「安全と信頼性が担保されてこそ、社会は安心してAIを受け入れることができる。日本は電気製品などに規格を導入してメード・イン・ジャパンの安全性を世界に示してきた成功実績がある」と強調し、AIの安全性と信頼性を示すための国際規格策定で日本がしっかりと役割を果たすべきだと訴えている。【田中韻】