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毎日新聞2025/2/11 11:00(最終更新 2/11 11:00)有料記事2722文字
ビーンレス(豆なし)のエスプレッソ(右前)、アイスのカフェラテ(右後)、マキアート=アトモコーヒー提供
値上げが続くコーヒーは将来、手軽な飲み物ではなくなるかもしれない――。
地球温暖化によってコーヒー豆の主要品種の栽培適地が2050年までに半減し、供給不足や価格高騰に歯止めがかからなくなる事態が懸念されている。
いわゆるコーヒーの「2050年問題」だ。
そんな中、コーヒー豆を使わずに味を再現する「ビーンレス(豆なし)コーヒー」が世界で盛んに開発されている。
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日本にも昨年、米西海岸シアトルに本社を置く食品ベンチャー「アトモコーヒー」の商品が上陸した。どんな味なのか、今後広がるのか。
<主な内容>
・本物に近い酸味と苦みのバランス
・他の食材でコーヒー豆の成分を再現
・日本上陸のわけは
・気候変動に新興国での需要増…
・足元で進むコーヒーの値上げドミノ
本物に近い酸味と苦みのバランス
アトモコーヒーは23年、普段は捨てられるデーツ(ナツメヤシの実)の種などを原料とするビーンレスコーヒーを開発した。
米国に70カ所以上ある提携先のカフェなどで販売し、日本でも24年8月から東京・渋谷にある提携先のカフェバー「ash(アッシュ)」のメニューに加わった。
「これがエスプレッソに使う粉ですね」
ブルーグレーを基調としたおしゃれな店内でアッシュのバーマネジャー、滑川裕大さん(37)が容器に入ったこげ茶色の粉末を見せてくれた。
これをフィルターに詰め、エスプレッソマシンで抽出する。カップに注がれたエスプレッソ(税抜き530円)は「クレマ」と呼ばれるオレンジ色の泡が少ないものの、見た目はコーヒー豆を使ったものとほぼ同じだ。
口に含むと、ナッツのような独特の香ばしい香りが広がる。酸味と苦みのバランスは、通常のエスプレッソに近い。
ビーンレス(豆なし)のカフェラテを提供するカフェバー「ash(アッシュ)」の滑川裕大さん=東京都渋谷区で2024年12月20日、岡田英撮影
オーツ麦由来のオーツミルクを合わせたラテ(同670円)も試してみると、酸味と苦みがマイルドになり、アーモンドラテのような味わいでより飲みやすくなった。
「コーヒーが手軽に飲めなくなる時代が来るかもしれないと言われる中で、一つの選択肢としてあったらいいよねと思ったんです」
滑川さんは、メニューに組み入れた理由をこう説明する。導入したことで、ビーンレスコーヒーを目当てにする新規客の獲得につながったという。
他の食材でコーヒー豆の成分を再現
代替コーヒーといえば、タンポポの根を焙煎(ばいせん)した「タンポポコーヒー」や、キク科の植物チコリの根を使った「チコリコーヒー」などが有名だ。
これに対し、アトモコーヒーは、コーヒー豆に含まれる28種類の成分を特定し、デーツの種やレモンの皮、グアバ、ニンジンといった他の食材で組成を再現したビーンレスコーヒーを開発した。
いったんコーヒー豆の形に成形した「グリーンコーヒービーン」を作り、コーヒー豆と同様に焙煎することで、より本物に近い香ばしさを実現させた。
コーヒー豆の形に成形した「グリーンコーヒービーン」を焙煎(ばいせん)したもの=アトモコーヒー提供
24年には米西海岸の2カ所に大型焙煎所などを完成させ、年間約2000トン程度のエスプレッソ粉の生産が可能に。販路は米国と日本のほか、カナダや英国にも広げている。
また、米国では今年4月から、アイスクリームチェーンと提携し、ビーンレスコーヒーを使ったアイスの販売も始める計画だ。
日本上陸のわけは
海外進出先の一つとして、日本を選んだのはなぜか。
アトモコーヒー最高執行責任者(COO)のエド・ホーンさん(44)に尋ねると、「日本は世界有数のコーヒー市場で、企業や業界からの関心も非常に高いから」との答えが返ってきた。
国際コーヒー機関によると、23年の日本のコーヒー消費量は米国、ブラジル、ドイツに次いで世界4位となっている。
アトモコーヒーは、カフェだけでなく大企業との連携も進めており、23年11月には「サントリーホールディングス」から出資を受けた。近く、日本の消費者を対象にしたインターネット通販を本格化させる予定だ。
そのほか、「コンビニエンスストアや大手小売業者、カフェを併設する美術館などとも商談をしている」(ホーンCOO)という。
気候変動に新興国での需要増……
ビーンレスコーヒーの開発・販売を進めるのは、アトモコーヒーだけではない。
ビーンレス(豆なし)のエスプレッソ。見た目はコーヒー豆を使ったものと大差ない=東京都渋谷区で2024年12月20日、岡田英撮影
米サンフランシスコに本社を置く企業「マイナス」が、チコリやヒマワリの種などを原料としたビーンレスコーヒーの缶飲料を23年に発売したほか、オランダやシンガポールでもベンチャーが開発・販売に乗り出すなど、その動きは世界的に活発化している。
背景にあるのが、コーヒーの「2050年問題」だ。
コーヒーは北緯25度から南緯25度までの「コーヒーベルト」と呼ばれる地域で栽培され、品質や収量は昼夜の寒暖差や標高、降雨量に左右される。
国際研究機関「ワールド・コーヒー・リサーチ(WCR)」は、生産量の約6割を占めるアラビカ種の栽培適地が、気候変動に伴う気温上昇や降雨量減少などで50年までに半減するとの将来予測を公表し、警鐘を鳴らしている。
一方で、世界のコーヒー消費量は増加傾向にある。米農務省の統計によると、中国の消費量が過去10年で約2・5倍に増えるなど、新興国で需要の伸びが目立つ。
WCRはコーヒー関連企業と連携し、干ばつに強い品種の開発などに取り組んでいるが、増え続ける需要に対応できるかは未知数だ。
足元で進むコーヒーの値上げドミノ
コーヒー豆の価格は、既に歴史的な高騰に見舞われている。
アラビカ種の主要産地ブラジルで記録的な干ばつが起きたためで、干ばつの主な要因は気候変動と分析する研究報告もある。
米ブルームバーグによると、国際価格の指標となるニューヨーク市場のアラビカ種の先物価格は24年の1年間で最大8割も上昇し、同年11月以降、過去最高値の更新が続いている。インスタントコーヒーに使われるロブスタ種も、主要産地ベトナムの干ばつの影響で高騰している。
こうしたことを受け、国内でもコーヒーの値上げが相次ぐ。
大手コーヒーチェーン「ドトールコーヒー」が24年12月、ブレンドコーヒーの価格を30円引き上げたほか、「ネスレ日本」や「UCC上島珈琲」「キーコーヒー」も関連製品の値上げを発表している。
価格高騰はいつまで続くのか。
アトモコーヒーのエド・ホーン最高執行責任者(COO)=アトモコーヒー提供
アトモコーヒーのホーンCOOは現在の状況を「今後約30年にわたって見込まれる『値上がり』の始まりに過ぎない」とし、長期的に続くと見る。
ビーンレスコーヒーは当初、本物のコーヒーより高かったが、価格差は縮小している。
ホーンCOOは「ビーンレスの方が安くなるケースも出てきた。5~8年以内に、世界のコーヒーの10杯に1杯に当社の製品が入ることを目指しているが、実現は十分に可能だと思っている」と語る。【岡田英】