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毎日新聞2024/9/16 06:00(最終更新 9/16 06:00)有料記事1855文字
韓国を拠点とするデジタルノマドの仲間たちが集った「ヌーク」5周年記念パーティー。ヌークにかつて住んだ卒業生たちも合流した。訪韓前後に日本を訪れる人も多い=ソウル市内で2024年9月8日、堀山明子撮影
コバルトブルーの海が広がる砂浜で、パソコンを打つ。あるいは、緑が深い山のキャンピングカーの中で。子馬が走る牧場で。8月8日の「デジタルノマドの日」。ネット交流サービス(SNS)のインスタグラムには、リモートワークしながら旅する人たちが、競い合うように職場環境の写真をアップした。
ノマドの元の意味は「遊牧民」。システムエンジニア(SE)や個人投資家など、場所にとらわれずに働く人をデジタルノマドと呼ぶ。1990年代から用語はあったが、新型コロナウイルスの流行を機に、新しいライフスタイルとして一気に急増。2022年には世界に3500万人、市場規模は110兆円と推計する海外調査もある。
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バックパッカーと違い、高度外国人材とみなされ、約50カ国でビザを発給。日本では4月から年収1000万円以上の要件で6カ月(更新不可)、韓国でも1月から年収制限付きで1年(1回更新可)のビザ制度が導入された。
2024年6月、東欧ブルガリアで開かれた世界最大のデジタルノマドの祭典「バンスコ・ノマドフェス」で、聴衆を前に語り合う日韓のコミュニティーリーダー。右から、韓国のシェアハウス「ヌーク」経営者、千叡智(チョン・イェジ)さん、10月の福岡での祭典を企画している「遊行(ゆぎょう)代表の大瀬良(おおせら)亮さん=大瀬良さん提供
韓国121人、日本は?
韓国法務省によると、ノマドビザ取得者は8月末現在で121人。一方、日本の出入国在留管理庁に問い合わせたが、「数字は公表していない」という回答。ビザ相談を受けている関係者は「数人から十数人ぐらいでは」と話す。
ソウル市内にあるノマドの拠点「ホッピングハウス」でパソコンを広げるスイス人のシステムエンジニア、マルコ・グラウサーさん=2024年9月9日、堀山明子撮影
実際には、観光客として滞在が認められる90日単位で移動する「ビザラン」が多く、ノマドビザを申請するかどうかは、使い勝手が重要だ。全国民が登録番号を持つ韓国では、外国人登録さえできれば不動産契約もできる。一方、日本のビザは中長期滞在者扱いではないので、できることは観光客と大差はない。
「韓国で8月にノマドビザを得たので、今後はアパートを借りてソウルを拠点に東アジアを飛び回りたい。日本も拠点として考えたけど、ビザの提出書類が多いわりにメリットが少ないのでやめた」
ソウル市内にあるノマドの拠点「ホッピングハウス」で、スイス人SE、マルコ・グラウサーさん(32)は日韓のビザを比較してこう語った。欧州からアフリカ、東南アジアと旅して、東アジアをまわる拠点を探していたという。
ソウル市の若者の街、弘大近くにあるデジタルノマドの拠点「ホッピングハウス」のコワーキングスペース=2024年9月9日、堀山明子撮影
「国境を気にしない我々にとって、どこの国のビザかは関係ない。日韓のコミュニティーはお互いに交流があって、日本の情報もここで入手できるし、日本にすぐ行ける」
ソウルの拠点から釜山、福岡へ
ソウル中心部、南山タワー近くにあるシェアハウス「ヌーク」では9月8日、創立5周年パーティーにノマド仲間約30人が集っていた。「9月に釜山、10月に福岡のノマドの祭典に行く。下田(静岡県)でもイベントがあるけど、これってどこ?」
記者が訪れると、今後予定されている日本のイベント情報について質問攻めに遭った。SNSのディスコードで、ノマドたちの間で「次の計画」の情報が飛び交っている。
デジタルノマドに人気のシェアハウス「ヌーク」の5周年を祝い、住人らに囲まれケーキを贈られる経営者の千叡智(チョン・イェジ)さん=ソウル市内で2024年9月8日、堀山明子撮影
宿の女性経営者で、自身もデジタルノマドとして世界を飛び回る千叡智(チョンイェジ)さん(36)は、東欧ブルガリアのリゾート地、バンスコで6月に約800人が集った世界最大のデジタルノマドの祭典でスピーチをした一人。バンスコには日本のリーダーらも来ていて、日韓の祭典への相互乗り入れや協力の話が進んだという。
「デジタルノマドは観光で金を落とす消費者では終わらない。国境を超えたコミュニティーを形成して、旅しているからこそ気づく覚醒した感覚を共有している」。大学時代から英国や日本に留学していた千さんは「韓国にいてもどこか根なしだったので、ノマド仲間とのつながりが精神的な居場所」と明かした。
ノマドが共有する世界観
ソウル市内でデジタルノマドが多く暮らす拠点「ローカル・スティッチ」のコワーキングスペース。手前は梁碩元(ヤン・ソクウォン)さん=2024年9月9日、堀山明子撮影
ソウルでは、長期滞在者用に客室150室を持つ「ローカル・スティッチ」も有名だ。北欧デンマークの自由学校との交流事業を企画する梁碩元(ヤンソクウォン)さん(46)が、帰国時のすみかにしていた。「デジタルノマドは旅することが目的ではなくライフスタイル。旅が終わったら終わりではなく、国内でも世界観を共有できる空間にいたい」と話す。
記者も東京本社に所属しながらリモートで会議に出席し、大部分をソウルで過ごしている。目覚めて天井を見ながら「今日はどの空の下だっけ」と混乱する時もある。
たかだか2拠点だから、自らをデジタルノマドというのはおこがましい。しかし、国境を超えて働く感覚を大事にし、そこに精神的な居場所を感じるという点では、ノマドの世界観に近い。ノマド仲間のお隣さん、あるいは生活圏を支えるサポーターにはなれる気がする。そうなりたい。【外信部・堀山明子】
<※9月17日のコラムは古河通信部の堀井泰孝記者が執筆します>