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毎日新聞2024/9/17 地方版有料記事964文字
「あー、あれもこれもしなくちゃ」と慌てることはないだろうか。私はしょっちゅうだ。今回はその対処法について考えてみたい。
北海道の小さな診療所で働き始めて2年半がたった。外来診療の途中に病棟から「先生、患者さんが高熱です」と連絡があり、さらに受付から「これから救急車が来ます」と言われると、もう頭も心も混乱して大変だ。そういう時にはいつも、自分にこう言葉をかける。
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「あれもこれも、一緒にはできない。まずは深呼吸をして一つずつ、一つずつやっていこう」
人間の脳はとてもよくできていて、「あれもこれも」と幾つものことを考えたり、体に指示を出したりすることができるそうだ。ところが、いくら脳がたくさんのことを一度に考えたとしても、それを実行する体は一つしかない。例えば、脳が「ラーメンを食べてすしも食べて」と考えても、口は順番にしか食べられない。
では、慌てた時はどうすればいいのか。まずは「焦ったって何も進まない」と自分に言い聞かせることだ。「幾つもやれるはず」と思っているのは脳だけなのだから、それに惑わされないようにしなければならない。
そして目の前のこと、一番急ぐことに取りかかり、それを終えてしまう。私の場合なら救急車への対応、それから病棟の高熱の人への点滴などの指示を出し、「ちょっとお待ちくださいね」と伝えておいた外来の患者さんの診察に戻る。そこで慌てて「あっちもこっちも」と行ったり来たりしていると、結局は時間がかかるしミスが増えてしまうことになる。
「あれもこれも」という状況になり、順番を決めても間に合わないと分かった時には「できません」と言って断ったり、誰かの助けを求めたりすること。これが何よりも大切だ。仕事などで「できない」とはっきり言いにくい時は、「ここまではできます」とやれる範囲を示せばよいのではないか。
昼休みにこのコラムを書いていたら、受付から「患者さんの家族が面談を希望しています」と声がかかった。ああ、これぞ「あっちもこっちも」だ。まずは深呼吸をして、それから執筆の手はいったん止めて、面談に行ってこよう。そして、すっきりした気分でまた続きを書けば大丈夫。そう言い聞かせてから動いたら、無事にこうして完成させられた。人間ができるのは一つずつ。それを忘れないようにしたい。(精神科医)