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毎日新聞2025/2/24 13:01(最終更新 2/24 18:04)有料記事2013文字
写真はイメージ=ゲッティ
新型コロナウイルスワクチンの研究・開発で、日本は欧米と比べて周回遅れに甘んじた。その反省に立ち、政府は足かせの一つとなった法規制について見直し、3月には改善策がそろう。
パンデミック(世界的大流行)から5年。未知の感染症に国内技術で立ち向かう環境整備は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」(専門家)とばかりに息切れ状態だ。今回の見直しは前進になるのか。
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研究・開発を阻んだ法規制
2020年1月30日、世界保健機関(WHO)が新型コロナのパンデミックを宣言した。その頃、ある国内企業の研究者は唇をかんでいた。
1月上旬、中国当局がウイルスの全ゲノム情報を公開したことを受け、ワクチン開発の研究を始めようとした矢先だった。遺伝子改変した動植物が拡散することを防ぐカルタヘナ法に基づく手続きのため、開発の「スタートダッシュ」ができなかったのだ。
カルタヘナ法といえば、赤く光る遺伝子を入れたメダカを国の承認なく飼育・販売した疑いで、同法違反容疑で男性らが摘発された事件(23年)が注目された。
赤く発光するように遺伝子改変されたメダカ=警視庁提供
ワクチン開発の初期には、ウイルスのゲノム情報を基に、人工的に遺伝子を合成したり、大腸菌に遺伝子を組み込んで増殖させたりすることがある。実験には、ウイルスの拡散防止措置が欠かせず、同法に基づいて新型コロナは、文部科学相の確認を得ることが必要だった。
欧米と比べ出遅れ
同社は2月ごろから申請の準備を進めた。だが新たなウイルスのために、書類作成に手間取った。申請は4月に、委員会審査を経ての大臣確認は5月にずれ込んだ。
研究現場にとって、じりじりと焦燥感を募らせる日々だった。
研究の一部は、法的手続きが不要な海外の機関に委託したが、その際も手間と時間がかかった。
手続きを終えた頃には、欧米の企業は既にワクチンの臨床試験を進めていた。「大臣確認は日本の特殊な制度だ」と研究者は痛感した。
「研究機関内の承認で済む米国と、日本の法的手続きが異なるため、国内の大学や企業での研究やワクチン開発が遅れた」。東京大新世代感染症センター機構長の河岡義裕特任教授(ウイルス学)も指摘する。
文部科学省=東京都千代田区で2017年2月21日午前9時6分、北山夏帆撮影
河岡さんは20年1月中旬には、ワクチン開発を国内の企業に呼びかけていたと明かす。「パンデミック時に即座に対応できる危機管理体制が必要だった」
緊急事態に「対応できず」
文科省の資料によると、同法に基づき大臣確認が必要な案件は通常、年間200~300件程度だ。しかし、新型コロナの流行が始まった19年度は334件、20年度には449件に急増した。
同法に詳しい田中伸和・広島大教授(分子生物学)によると、文科省は審査する委員会の開催頻度をおおむね年4回から倍に増やした。それでも「作業がパンクし、順番待ちや確認の遅延が多発したと言われている。緊急事態に対応できる制度になっていなかった」と解説する。
「100日」での開発に向けて
文科省は24年、この規制について見直し作業を本格化させた。24年末には同法の施行規則を改正し、25年3月中には省令も改正する。
施行規則の見直しでは、パンデミック時などに新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく政府対策本部が設置された感染症については、大臣確認を不要とする。各大学や企業などが設けた委員会に審査を委ねる。ただし、本部が置かれている間の特例で、研究の内容も治療や予防、診断につながるものに限る。
ワクチン開発の主な流れ
省令改正の案では、ウイルスのゲノムを大腸菌に組み込んでも、病原性や感染性に関係しない研究については、同本部の設置にかかわらず大臣確認を不要とする。パンデミックが起きる前から、ゲノム情報を使った研究に着手できるメリットがあるとの声が上がっている。
主要7カ国(G7)は、パンデミックが発生してから100日以内のワクチン承認などを達成する「100日ミッション」を掲げる。簡略化は「国際公約」の実現に向けた一歩と言えそうだ。
予算確保など課題山積
これらの改正について田中さんは「研究がタイムリーに進む」と評価する。
一方で「審査する委員会の責任が重大になる。質の低い委員会が審査した場合などに、拡散防止措置が不十分になる懸念がある」とする。
「全く未知のウイルスの場合には、委員会だけで適切な判断ができるのか、委員会によって判断が分かれないか課題が残る」とし、有事には早期に政府が感染症の性質などの分析や対処方針を出す必要があると強調した。
もちろん、国産ワクチンの研究・開発の遅れは、法規制だけが理由ではない。東大新世代感染症センターは、ワクチン開発の国家戦略に基づいて設置された。だが内実について、河岡さんは「戦略に基づいて予算が確保されたことは評価すべきだ。一方で、人材育成や、研究室で生まれるワクチン候補を迅速に臨床研究につなげる仕組みの構築などには、継続的な予算の確保が不可欠だ」と訴える。【渡辺諒、寺町六花】