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毎日新聞2024/9/18 東京朝刊有料記事976文字
<sui-setsu>
経済に国境はない。共通のルールを守りながら、国籍に関係なく品質やサービスを競いあえる自由な空気こそが発展の源泉だ。
外国企業との合併・買収(M&A)や事業の提携も、今や当たり前となっている。
だが、ほんの少し前まで国内の雰囲気はまるで違った。
海外の企業やファンドから買収提案があれば「乗っ取りだ」と大騒ぎし、ろくに検討もせずに門前払いするのが常だった。
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時代は変わった。
直近で大きな話題になったのは「セブン―イレブン」を世界で展開するセブン&アイ・ホールディングスに対する買収提案だ。
カナダの同業、アリマンタシォン・クシュタールから総額5兆円超でどうかと持ちかけられた。
米国のコンビニ店舗数で1位はセブン。2位がサークルKなどを運営するクシュタールだ。
日本と違い、米国ではガソリンスタンドを併設した郊外型のコンビニが一般的だ。
給油事業の拡大に熱心なクシュタールにとって、円安で割安感もあるセブン&アイは「お買い得」に見えたのかもしれない。
日本を代表する企業ですら、M&Aの対象となる――。その事実に衝撃を受けた人も多いだろう。
セブン&アイはクシュタールに対し、提案内容はセブンの企業価値を「著しく過小評価している」とする書簡を送り返した。これを受け、クシュタールは買収額の引き上げを検討中だ。
結果がどうなるかは分からない。でも、重要なことが一つある。門前払いすることなく、両社が話し合いを続けているという事実だ。日本企業が国際社会の中で成熟してきた証しでもある。
一方で心配事がある。こうした企業の自由な判断に水を差す動きが広がっていることだ。
「経済安全保障」の名の下、各国政府が企業への締め付けを強めている最中だ。
日本製鉄と米USスチールが合意した買収案件には、米当局の「待った」がかかった。
セブン&アイにも、外国企業からの出資案件に日本政府の事前審査が義務付けられている。
国の安全を錦の御旗(みはた)に外国企業を排斥する口実になれば、世界が保護主義に染まりかねない。
歴史を見れば分かる。大恐慌の後、各国は「自国産業を守る」という名目で高関税を発動し合った。世界が分断され、深刻な対立が世界大戦につながった。
自由を奪われた経済の未来は暗い。現在はどうか。危うさを感じずにいられない。(専門記者)