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毎日新聞2025/3/13 15:00(最終更新 3/13 15:00)有料記事2178文字
小惑星探査機オシリス・レックスのイメージ=米航空宇宙局(NASA)提供
小惑星からの試料持ち帰りというミッションに挑み、「米国版はやぶさ」とも呼ばれる米航空宇宙局(NASA)の探査機オシリス・レックス。2023年9月に小惑星ベンヌから大量の石や砂を地球に持ち帰り、その中からはDNAを構成する核酸塩基やアミノ酸など、生命に欠かせない物質が次々に見つかりました。生命誕生の謎に迫る大きな成果ですが、その中のある結果は、有機化合物分析チームでリーダーを務めるNASAのダニエル・グラビンさん(50)を大きく失望させたといいます。その理由やミッションの意義を聞きました。【聞き手・垂水友里香、大野友嘉子】
太陽系に広く存在していた生命の材料
――宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「はやぶさ2」は小惑星リュウグウを探査しました。生命の起源の謎を解くために、なぜNASAはベンヌを調べることにしたのでしょうか。
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小惑星ベンヌとリュウグウの軌道
◆リュウグウもベンヌも炭素を豊富に含む「C型」小惑星です。地球の生命はすべて炭素を構成材料とするので、炭素を含む有機物が存在すると思われる小惑星に行き、生命誕生前の科学的な秘密を解明しようと考えました。生命がどのように誕生したかを理解することが、これらのミッションの目的なのです。
――1月末には、ベンヌの有機物を分析した初めての論文が公表されました。どんなことが分かりましたか。
◆有機化合物を抽出するため、私たちはまず、ベンヌの試料をお茶をいれるように煮出して「ベンヌ茶」を作りました。するとその中に、非常に高濃度のアンモニアが含まれていることが分かりました。地球の土壌に含まれる100倍、リュウグウや多くの隕石(いんせき)の75倍と、とても高濃度だったのです。アンモニアは多くの生物学的プロセスに非常に重要で、生命が使うアミノ酸やDNA、RNAの核酸塩基を形成するのにも必要な重要な化学物質でもあります。
――なぜ同じC型小惑星のベンヌとリュウグウに濃度の違いが出たのでしょうか。
探査機オシリス・レックスが持ち帰った小惑星ベンヌの砂や石=米航空宇宙局(NASA)提供
◆アンモニアは揮発性が高いので、ベンヌはもともと、氷として安定する寒い地域で形成されたことを示唆しています。アミノ酸や核酸塩基は(海王星より外側の)太陽系外縁部の寒い地域で形成され、それがやがて太陽系の内側に運ばれてきた……つまり生命の構成要素は、太陽系外縁部から太陽系内部まで広がっていたと言えます。生命の構成要素はどこにでもあったということです。リュウグウと比べて差が出た理由は大きな謎です。母天体の進化の過程が異なっているのだろうと推測されますが、詳しいことは分かっていません。
なお残ったアミノ酸の謎
――生命の材料の起源を知る上で、アミノ酸の構造にも注目されていますね。
◆はい、これが私にとって二つ目の大きな驚きでした。有機物には化学式は同じなのに鏡映しのように反対の構造をしているものがあり、「左手型」と「右手型」と呼ばれます。地球上の生命が使うのはほとんどが左手型のアミノ酸ですが、なぜそうなったのかは大きな謎です。そこで、生命の材料を小惑星が運んできたのなら、小惑星には左手型のアミノ酸が多く含まれているはずだと、20年近く研究してきました。しかし試料分析の結果、リュウグウもベンヌも、左手型と右手型は、同じ量(1対1)でした。
アミノ酸の右手型と左手型
――その結果を知ってどう感じましたか。
◆私は失望しました。キャリアが無意味になるような気がしました。私たちは長らく、リュウグウやベンヌに似た(地球に落ちた)隕石を研究してきましたが、左手型のアミノ酸の方が多く含まれていたのです。しかし今は、それらの隕石が地球の有機物で汚染されていたのだと考えています。我々はここで研究をやめるべきでしょうか。いえ、どんなに困難な局面でも必ずよい兆しがあります。火星や土星の衛星を探査し、左右のどちらかが多ければ、それが生命のもとであると言えるかもしれません。
――地球外に生命は存在すると思いますか。
◆太陽系にはいないかもしれないけれど、宇宙はとても広いし、私たちが宇宙で唯一の生命体だと考えるのは甘過ぎると思います。生命の構成要素であるパズルのピースは太陽系のいたる所に存在し、あちこちに散らばっているからです。だから私は、太陽系内での生命探査にとても期待しているし、NASAが生命を発見するのを見るために生きていたいと思います。
――日米の研究者はリュウグウやベンヌの解析を共同で行ってきましたね。
◆日米の科学者たちはとても素晴らしい協力関係を築いています。特に北海道大の大場康弘准教授らが行った分析は、ベンヌの試料からDNAやRNAの核酸塩基を全て発見するという驚くべきものでした。とても献身的で正確で、このグループから出た全ての結果を信頼しています。
米航空宇宙局(NASA)オシリス・レックスプロジェクト有機化合物分析チームリーダーのダニエル・グラビンさん=NASA提供
ダニエル・グラビン(Daniel Glavin)
1974年生まれ。2001年カリフォルニア大スクリプス海洋研究所で博士号取得。03年から米航空宇宙局に所属し、上級研究員を務める。隕石研究の功績をたたえ、「グラビン」と名付けられた小惑星もある。
小惑星ベンヌ=米航空宇宙局(NASA)提供
小惑星ベンヌ
直径約500メートル。炭素を豊富に含み、試料からはDNAとRNAを構成する核酸塩基5種類が全て見つかった。6年ごとに地球に近づく軌道を公転しており、将来的に非常に低い確率ながら地球に衝突する可能性もあるとみられている。