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毎日新聞2025/3/15 06:00(最終更新 3/15 06:00)有料記事1965文字
新宿御苑の入り口=東京都新宿区で2025年3月13日午後3時2分、山口智撮影
2022年7月、東京都新宿区役所に環境省職員から一本の電話がかかってきた。「新宿御苑(新宿区)で『実証事業』を検討しています」
実証事業とは、東京電力福島第1原発事故後に福島県内の除染で出た土約6立方メートル(2トントラック5~6台分)を、新宿御苑内の一般利用者が立ち入らない区域に埋め、土で覆って花壇にする計画のことだった。後日、環境省職員が吉住健一区長のもとを訪れ、除染土再利用の必要性を説明した。
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新宿御苑は環境省が管理しており、新宿区は当初から「国の責任で行うのであれば反対はしない」とのスタンスだったという。
東京電力福島第1原発事故によって発生した除染土が行き場のない状態となっています。連載「除染土のゆくえ」(全10回)で現状と課題を報告します。
「福島のために」の声の一方で
新宿御苑(中央)=東京都内で2022年12月28日午後1時59分、本社ヘリから前田梨里子撮影
だが約半年後の12月21日、環境省が周辺住民向けの説明会を開くと、安全性を心配する意見が相次いだ。土地の資産価値低下を懸念する声も出た。環境省が公開した議事要旨によると「福島は犠牲になるが、(福島県内で保管しておくことが)放射能をばらまくことにならずにいいのではないか」といった発言すらあったという。
新宿区内のある町内会では、環境省の説明会を前に役員会を開催し、「福島のために協力しよう」と実証事業を受け入れる考えで一致していた。役員の男性の一人は「福島の人を思うとやらざるを得ないでしょう」と話すが、反対意見が飛び交った説明会では発言を見送ったという。
除染土を埋めて花壇を作る実証事業が予定されていた新宿御苑の敷地=東京都新宿区で(環境省提供)
結局それ以降、新宿御苑での実証事業に関する説明会は一度も開かれず、福島県外での実証事業は頓挫している。今後の進め方について、同省の担当者は「改めて検討する」との説明を繰り返すのみで、具体的な動きは見えない。
環境省所管の施設などで計画
福島県双葉、大熊両町にまたがる中間貯蔵施設には、除染土など約1400万立方メートルが搬入されている。国は放射性セシウム濃度1キロ当たり8000ベクレル以下の土を道路の盛り土など公共事業に再利用する方針で、運搬時や完成後の安全性などを確認するための実証事業を計画してきた。
福島県飯舘村の長泥地区では、農地造成のための盛り土として活用する実証事業を実施している。環境省は県外での再利用を進めるため、まずは自ら所管する施設や研究所での実証事業を計画。新宿御苑と同省の環境調査研修所(埼玉県所沢市)、国立環境研究所(茨城県つくば市)が候補に挙がった。
環境省は除染土再利用の実証事業に向け、埼玉県所沢市と東京都新宿区で住民向け説明会を開催した=所沢市の環境調査研修所で2022年12月16日午後6時半、清藤天撮影
住民からは批判的な声
所沢市での住民向け説明会は22年12月16日、同研修所の講堂で開催された。「安全なら福島に置いておいてもいいのではないか」。新宿区での説明会同様、批判的な声が相次いだ。
23年3月には所沢市議会が「住民合意のない試験(実証事業)は認めない」との決議案を全会一致で可決した。市には近隣住民から「もう終わったことだから静かにしてほしい」といった声も届いている。
説明会のあり方への不満も
環境省の担当者は、新宿区や所沢市での住民の反応について「説明が不十分で、心配に応えるセリフが足りなかった」と振り返る。同省幹部の一人は「理解していただく必要があるが、科学的に見たら心配するに及ばない話。こちらから実証事業をやめたとは決して言わない」と話す。
一方、説明会のあり方自体に不満を持つ住民もいた。新型コロナウイルス感染予防の観点から、環境省は説明会の定員をそれぞれ50人とし、新宿区の参加者は28人、所沢市は定員は上回ったものの56人だった。開催自体を知らなかった住民も少なくない。所沢市で説明会の参加者からは「50人程度しか集めないで次に進めようとするところに不安と不満を感じる」といった意見も出た。
環境省の入り口にあるプランター。福島県内の除染で発生した土を使用している=東京都千代田区で2025年3月11日、山口智撮影
「国民の理解醸成」とは言うものの…
国際原子力機関(IAEA)は24年9月、除染土を再利用する国の計画について「安全基準に合致している」と最終報告書を公表した。IAEAの「お墨付き」を得て、環境省は月内にも「8000ベクレル以下」という再利用の基準を省令で正式に決定する予定だ。
福島県外での最終処分は、中間貯蔵施設にある除染土などの4分の3を再利用することが前提だ。浅尾慶一郎環境相は東日本大震災発生から14年を迎えた11日、記者会見で「科学的に安全ではあるが、安心とは思っていただけていないことが課題だ」と述べ、再利用を進めるため、国民の理解醸成に力を入れることを改めて強調した。
新宿区や所沢市にはその後、環境省から説明会の追加開催の打診はないという。「国民の側は協力しない。行政もしっかり策を練って進めようとしない。いつになったら福島が元に戻るのか。日本っていう国が情けなくなる」。実証事業を受け入れる意向を示していた新宿区の男性はこうつぶやいた。【山口智】