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毎日新聞2024/9/19 06:00(最終更新 9/19 06:00)有料記事2074文字
米大統領選の候補者討論会を見守る人たち=米西部ラスベガスで2024年9月10日、AP
耳を疑った。
「国内の天然ガス生産量が歴史的なレベルに増えた」ことを「誇っている」--。米大統領選に向けた今月10日のテレビ討論会で、ハリス副大統領はたしかにそう言った。
先に断っておくと、バイデン政権は昨年末にあった国連の会合で産油国などの反対を抑え込み、「化石燃料からの脱却」を加速させるとの文言を成果文書にねじ込んだ当事国である。
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当欄では前回に続き、気候変動政策と選挙戦をめぐるハリス氏のジレンマに注目する。
世界の脱炭素のゆくえを左右する米大統領選で気候変動の論戦は低調だ。そもそも議論が成立しない。
1時間半に及んだ討論会で、気候変動の話題が挙がったのは最終盤だった。司会者は最後の質問で「多くの米国人、特に若い有権者にとって重要な課題」だと前置きし、気候変動と戦うために何をするかと尋ねた。
2人の候補に与えられた持ち時間は1分。
米国の天然ガス生産量
先攻のハリス氏は、まず気候変動を「非常に現実的な問題」と位置づけた。そして、クリーンエネルギー経済の構築を掲げて、過去最大規模の気候変動対策費を盛り込んだバイデン政権のインフレ抑制法が、製造業に多くの雇用をもたらしていると訴えた。天然ガス生産量が最高水準に達したことが誇らしいと語ったのもこの時だ。
対するトランプ氏は、メキシコにある中国資本の自動車工場によって米国の雇用が失われているとの主張に始まり、バイデン氏がロシアや中国から資金を得ているとの話に飛躍した。討論会後の米CNNのファクトチェックによれば、「バイデン氏が在職中、または私人として外国団体から金銭を受け取った公的記録はない」。気候変動には触れずじまいだった。
序盤ではフラッキング(水圧破砕法)規制をめぐるハリス氏の転向が問われた。フラッキングは、シェール(頁岩(けつがん))層と呼ばれる岩盤に化学物質を含む高圧水を注入し、生じた割れ目から原油や天然ガスを抽出する技術だ。2000年代以降の米国で安価な石油・ガス開発に寄与した半面、周辺の環境汚染や健康被害なども指摘される。
フラッキングのイメージ
かつてフラッキングの全面禁止に賛意を示していたハリス氏は、討論会で「大統領になっても禁止しない」と明言した。またバイデン政権でもフラッキングによる新規開発を認めたと強調し、石油生産量でも「米史上最大の増産を実現した」と述べた。これらの事実は、気候問題を重視する党内左派や進歩派の有権者への配慮からバイデン政権はアピールを避けてきた。
まるで化石燃料産業の擁護者のようなハリス氏の振る舞いは、激戦州のなかでも両候補が最も重視する東部ペンシルベニア州での戦いに照準を合わせたものだ。天然ガス埋蔵量が全米2位の同州でフラッキングの禁止を掲げれば、致命的な支持離れにつながりかねない。
かねて化石燃料の増産を掲げてきたトランプ氏としては、ハリス氏をフラッキングの「隠れ禁止派」と印象づけたいのだろう。「もし彼女が勝てば、ペンシルベニアでのフラッキングは(就任)初日に終わる」と言い放った。
世界一の経済大国で化石燃料からの脱却は遠くにかすむ。
「クリーンエネルギーのための大胆なビジョンを示すより、フラッキングの宣伝に多くの時間を割いた。大きな機会損失だ」。若者世代が主導する草の根の社会運動団体「サンライズ・ムーブメント」は、討論会後に出した声明でハリス氏に失望感を隠さなかった。
サンライズ・ムーブメントは前回20年の大統領選では、気候変動に関心の高い若い有権者350万人にバイデン氏への投票を直接促し、「バイデン大統領の当選に貢献した」(ニューヨーク・タイムズ)。
その後は新規の石油・ガス開発の認可中止などを求めて政権に対する監視の目を強め、バイデン氏の高齢不安が再燃した前回の討論会後には大統領選からの撤退を促した。「トランプ前大統領を打ち負かすためには、若い有権者の支持と熱意を取り戻さなければならない」と指摘し、ハリス氏に化石燃料補助金の廃止などを掲げるよう求めている。
米国の原油生産量
国際環境NGOオイル・チェンジ・インターナショナル米支部のキャンペーンマネジャー、アリー・ローゼンブラスさんは言う。「気候危機の緊急性と化石燃料を段階的に廃止する差し迫った必要性について、科学に基づいて行動する大統領を必要としています。ハリス氏がそうなれることを示す時が来たのです」
主要な環境団体がハリス氏への支持を表明するなか、これら二つの組織は判断を留保している。
現状を悪化させるトランプ大統領の誕生は避けたい。しかしながらハリス氏も積極的には支持できない。移民対策やパレスチナ自治区ガザ地区での戦争においても、進歩派の有権者たちは似たジレンマを抱えている。1年近く取材を重ねるなかで実感するのは、彼ら彼女らの多くは、重視する政策課題で妥協的な投票はしたくないと考えていることだ。
「私の理念は変わっていない」と左派の引き留めをはかるハリス氏。その言葉は届くだろうか。【ニューヨーク支局・八田浩輔】
<※9月20日のコラムは写真部兼那覇支局の喜屋武真之介記者が執筆します>