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毎日新聞2025/3/16 10:00(最終更新 3/16 10:00)有料記事2215文字
地下水を循環させる帯水層蓄熱(ATES)
「地中熱」をご存じだろうか。地面の下で年間平均気温とほぼ同じ温度を保っている熱源のことで、再生可能エネルギーとして欧米を中心に普及している。4月開幕の大阪・関西万博でも会場の冷房に利用される予定だ。その仕組みと活用の広がりを紹介する。
「地熱」とは似て非なるもの
「たいていの人は『地熱』のことを思い浮かべるんです」。地中熱に詳しい岐阜大の大谷具幸教授は、認知度が低いことをその課題に挙げる。地熱は地下深くのマグマに由来する熱で、地熱発電などに利用される。対して地中熱は、主に深さ100メートルまでの地下で取れる熱で、外気の影響を受けない。そのため夏は外気より低温、冬は高温で、空調に活用できる。
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JR大阪駅の北側で2024年9月に開業したばかりの複合商業施設「グラングリーン大阪」。建物の冷暖房に導入されているのが、地中熱の利用方法の一つで、地下水を循環させる「帯水層蓄熱(ATES)」だ。
仕組みはこうだ。地下水を豊富に含んだ地層の「帯水層」に届く一対の井戸を掘る。うち一つからは夏に地下水をくみ上げて冷房に使用し、発生した温かい排水をもう一方の井戸に戻して熱を蓄える。冬には、この温かい地下水をくみ上げて暖房に使い、冷たい水を冷房用の井戸に戻す。季節ごとにこのサイクルを繰り返す。
いわば「天然の魔法瓶」のように地中が一定の温度を保持してくれることで、暑さを冬の暖房に、寒さを夏の冷房に利用できる仕組みだ。電力消費を抑えられるメリットがあるのに加えて、熱を大気に放出しないため、ヒートアイランド現象の緩和にも効果的とされている。
実証実験では35%の電力の省エネに
ただ弱点もある。地下水の流れが速いと帯水層に熱エネルギーを蓄えられないため、山間部などには適さない。また地下水の利用は地盤沈下のリスクがあり、「ビル用水法」によって大阪や東京など大都市の一部地域では地下水のくみ上げが原則禁止されている。設備設置と維持のコストも高く、既存の冷暖房と組み合わせた使用例が多い。
地中熱の広がる用途
大阪市はオフィスビルが多く、22年度のオフィスや商業施設からの二酸化炭素排出量が全国の市町村でワーストだった。「水の都」とも称される大阪市は、地下水が豊富で流れも遅く適地が多い利点を生かそうと、ポテンシャル(可能性)マップを作製するなど早くからATESの普及に向けて取り組んできた。
15~18年度に大阪市や大学などが実施した実証実験では、グラングリーン大阪の建設予定地付近に2本の井戸を掘って1時間に100トンの地下水をくみ上げたが、地盤沈下は観測されなかった。また床面積1万平方メートル以上のビル空調をまかない、従来の冷暖房と比較して35%の電力の省エネ効果が確認された。こうした結果を踏まえ、国は19年に国家戦略特区制度を利用した全国初のケースとしてビル用水法を緩和し、ATESが実装された。
4月から開催される大阪・関西万博でもATESが導入され、パビリオンなどの施設の冷房用に、冬季の間にあらかじめ冷やした地下水が利用される。市環境施策課の田中邦治課長代理は「国際的にも注目を集める万博会場で次世代再エネ技術が取り入れられることで、国内の導入拡大につながれば」と期待を寄せる。
長期にわたって安定した効能を維持するためには、地下水が井戸で目詰まりするリスクも回避する必要がある。実証実験に参加した大阪公立大の益田晴恵特任教授は、ATESの安定利用に向けた地下水の水質管理の研究を進める。鉄の沈殿物が目詰まりを起こしやすいことから、井戸の掘削時から地下水の水質調査が欠かせないという。
益田さんは「長期的に運用できれば、ランニングコストを抑えられる。季節や天候に左右されず活用できる効率の高い再エネと言え、複数のエネルギーと組み合わせることで気候変動対策に寄与できる」と地中熱の持つ可能性を強調する。
海外が先行する地中熱の利用
地中熱の利用法は、二つに大別される。うち一つは地中に熱交換器を埋める「クローズドループ方式」で、熱交換器の中で不凍液などが循環して熱を地上に送る。もう一つが地下水を直接くみ上げる「オープンループ方式」で、ATESもこの一種となる。
いずれも、最終的には熱を高い部分から低い部分へ、低い部分から高い部分へ移動させる「ヒートポンプ」と呼ばれる機器を使って冷房や暖房に変える。1970年代のオイルショック以降、欧米諸国を中心に地中熱ヒートポンプの普及が進められ、空調や給湯、融雪などに活用されてきた。
世界の地中熱利用
地中熱の利用状況を示すヒートポンプの設備容量でみると、20年時点では再エネに力を入れる中国がトップの2万6450メガワットサーマルで、米国や欧州諸国が続く。日本では東日本大震災以降に地中熱ヒートポンプの普及が始まった。21年度末時点で中国の約100分の1となる225・7メガワットサーマルにとどまる。
ATESは、天然ガスに依存していたオランダが、限られた国土で豊富な地下水を生かそうと導入を急加速。50年までに10万件まで増やす計画だ。
環境省は「日本より国土が狭い欧米諸国でも多くの地中熱設備が導入されており、日本でも更なる普及の余地は大きい」と、更なる拡大を目指す。岐阜大の大谷教授は「今のままではまだコストが高い。着実に普及させるため、低コスト化に向けた技術開発を進める必要がある」と話す。【田中韻】