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みなさん、サルコペニアという言葉を一度くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。加齢に伴い骨格筋の量が減少する病気、「筋肉減少症」「加齢性筋肉減弱現象」と呼ばれています。
サルコペニアになると筋力が低下し、歩く、立ち上がるなど、日常生活の基本的な動作が衰え、転倒しやすくなります。要介護状態を引き起こす重大な要因です。
サルコペニアの原因は加齢、運動不足、栄養不良(特にたんぱく質の摂取不足)、たんぱく質を合成するホルモンの低下(記事「長寿に関係? 注目の『若返りホルモン』とは」を参照)があります。
筋肉の収縮運動には、ミオシンとアクチンという筋たんぱく質が働いています。骨格筋組織を見ると、健常者ではたんぱく質の大部分をミオシンとアクチンが占めていますが、サルコペニアになるとこれら筋たんぱく質が著しく減少します。
発症年齢が若く、気づきにくい
一方、ダイナペニアのことはご存じでしょうか。これは、筋肉量は低下していないのに、筋力が低下している状態をいいます。糖尿病患者では、腕や太ももが見かけはしっかりしていて、筋肉の外側を一周する長さ(筋周囲径)が減っていなくても、著しい握力の低下を示すことがよくあります。これがダイナペニアです。サルコペニアとは異なり、筋肉量が減らないのが特徴です。
ダイナペニアの患者の筋組織を見ると、軽度の脂肪の蓄積が観察されますが、筋たんぱく質の減少がわずかで、健常者とほとんど変わらないこともあります。サルコペニアに比べてダイナペニアの方が、発症年齢が若く、気づきにくい特徴があります。一体、何が起きているのでしょうか?
糖と脂のダブルパンチ
ダイナペニアの原因として糖尿病が多いことから、「糖」が悪さをしていることは予想がつきます。筋肉に脂肪がたまっていることから「脂」(脂質)も関与しています。ここでも糖化ストレス(=アルデヒド過剰状態)がダイナペニアの発症に深く関与しているのです。
糖尿病やその前段階の状態になると、食後高血糖を起こしやすくなり、引き続き、多種類のアルデヒド生成の連鎖反応(アルデヒドスパーク)が生じます。これらのアルデヒドは血液中の脂肪酸と反応して脂質由来アルデヒドを生成します。高脂肪食によって血中の脂質(中性脂肪やLDLコレステロール)が増えると、さらにアルデヒド生成が助長されます。その結果、糖質由来のアルデヒドと脂質由来のアルデヒドがダブルパンチで筋たんぱく質を糖化して、糖化ミオシンと糖化アクチンに置き換えてしまうのです。
運動抵抗性が増し、負の連鎖が
ダイナペニアがもたらす問題は主に四つです。
①生活の質(QOL)が低下する
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買い物に行っても重い物が持てなくなり、歩くと疲れるようになります。こうなると怠けぐせがついてしまいます。
②糖の消費が減り、体に脂肪がたまる
摂取された糖(グルコース)の約7割が骨格筋で消費されます。ダイナペニアになった筋肉では消費量が減るので、糖が余ります。余分な糖は中性脂肪になって脂肪組織や肝臓に蓄積されます。
③運動抵抗性が増大する
通常ならば、内臓脂肪を減らすには運動が有効です。頑張れば2、3カ月で効果が表れるでしょう。しかし、内臓脂肪を数年ほったらかしにしておくと、同じように運動しても脂肪が落ちにくくなります。運動しても血糖が下がりにくくなります。これが運動抵抗性という現象で、近年問題になっています。内臓脂肪がたまり始めたら、手遅れになる前に、早めに運動療法を取り入れた方が良いことは確かです。運動抵抗性が起こる機序については、京都大学の江川達郎准教授が中心になって研究を進めています。
④負の連鎖(悪循環)が進む
この問題は厄介です。運動不足を放置して、糖や脂を食べ過ぎると、ダイナペニアが進むだけでなく、ますます糖化ストレスが強まります。その結果、さらにダイナペニアが進むし、運動抵抗性も強くなってしまうのです。早期に悪循環を断ち切ることが重要です。そのためには「運動」することが必須です。
放置すると隠れ肥満に
糖化ストレスによるダイナペニアを放置すると、行きつく先は「隠れ肥満」です。これは、体重や見た目は普通で、体格指数(BMI、単位はkg/m2)が正常でも、体脂肪率が高く、内臓脂肪が増加して、筋肉が少ない状態をいいます。
前回の記事で紹介したGLP-1製剤を服用して減量した女性も「隠れ肥満」に近い状態でした。
進行して、BMIが増えればサルコペニア肥満(BMIが25以上)に、内臓肥満が増えればサルコペニアを伴うメタボリックシンドローム(腹囲が男性85cm以上、女性90cm以上)になります。このサルコペニアメタボは、通常のメタボに比べて難治性です。
1日15分余分に歩こう
私がここまで糖化ストレスの危険性について、自信をもって警鐘するには理由があります。このたび世界的な科学誌「Nature」が、私たちの研究と社会実装への応用に興味を抱き、2025年3月13日発行の特集記事「THE LITTLE-KNOWN METABOLIC PROCESS LINKED TO AGEING」で紹介してくれたからです。
米井嘉一医師らの研究成果を紹介する科学誌「Nature」の記事
これまで、糖化ストレスの概念を構築し、日本の未来を支える若者たちにこそ糖化ケア(糖化ストレス対策)が必要であると自治体に訴えてきました。Natureの記事では「次世代エイド」プロジェクトが六つの市町村と提携して実践されていることが紹介されています。このプロジェクトは今後ますます広がることでしょう。
最後に、みなさんにお伝えしたいメッセージがあります。
糖化ストレスによる骨格筋のダイナペニアと、老化を促す悪循環を阻止するには、「運動」が必須であること。そして、運動の代わりになる薬物療法などは存在しないことです。
「これさえ飲めば、運動しなくてもみるみるやせる」といったたぐいの宣伝に決して惑わされないでください。運動不足の恐れがある人は、「1日に15分余分に歩く」ことから始めてほしいと思います。
特記のない写真はゲッティ