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毎日新聞2025/3/24 06:00(最終更新 3/24 06:00)有料記事2237文字
東京電力福島第1原発事故による福島県内の除染で出た土を保管する中間貯蔵施設。写真は高さ15メートル近く土を積み上げた土壌貯蔵施設=福島県大熊町で2024年6月8日午後2時12分、尾崎修二撮影
東京電力福島第1原発事故後、除染で発生した土(除去土壌)の最終処分は、放射性物質の濃度が比較的低い土を再利用することが前提にある。再利用は進むのか。吉田浩子・東北大先端量子ビーム科学研究センター研究教授(放射線防護)は「理屈」だけでは解決できない問題があると指摘する。
さらなる被ばく線量低減は可能
――環境省の基準案では、作業員や周辺住民の被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下になるように除染土を再利用するとしています。どう評価しますか。
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◆妥当と考えます。国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方に沿っているからです。
日本の生活環境では、1人当たり年間平均4・7ミリシーベルト被ばくすると評価されています。食品や空気など自然に存在する放射性物質からの被ばくが2・1ミリシーベルト、残りはCT(コンピューター断層撮影)検査などの医療被ばくです。ICRPは、一般の人の追加被ばく線量の限度を年間1ミリシーベルトとしています。
環境省の試算によると、再利用の工事に当たる作業員の被ばく線量が最も大きくなります。それでも1年で1000時間、除去土壌の上に厚さ2・2センチの鉄板を敷いて作業すると仮定した時、年間0・93ミリシーベルトと1ミリシーベルトを下回ります。再利用には盛り土やごみ処理施設などの公共事業が想定され、こうした施設から離れた場所で暮らす住民への影響はより小さくなります。
――さらに被ばく線量を下げることもできるのでしょうか。
土台部分の盛り土に除染土を使った道路。環境省が中間貯蔵施設の用地内で安全性を確認するために造ったが、同様の再利用は県内外で進んでいない=福島県大熊町で2024年2月7日午後2時2分、尾崎修二撮影
◆「年間1ミリシーベルト以下」を満たすための除去土壌の放射能濃度は1キロ当たり8000ベクレルとされ、環境省の試算ではこの上限値が用いられました。事故後の除染では、汚染されていない土も含めて表面から約5センチをそぎ取ったことで、大量の除去土壌が発生しました。このため実際の濃度は均一でなく、より低くなると予想されます。
覆土を厚くするなどして被ばく線量を下げることは可能です。ただし、一般的に被ばく線量が低くなるほど、線量低減の効果が見えにくくなる一方、費用はかかります。社会、環境、経済的な要因を考慮し、被ばく線量をどこまで下げるのか、リスクに見合った措置であるのかを、地域住民らの意見を取り入れながら考える必要があります。
住民の懸念聞き、計画に反映を
――再利用にあたってはどんな手続き、管理が必要でしょうか。
◆除去土壌の再利用は国による管理の下、一定の安全が保たれることが前提です。国は再利用する場所を選定する際、候補地の住民らの懸念や不安を丁寧に聞き、調査や計画に反映した上で同意を得ることが必要です。
ただ万が一、除去土壌が飛散や流出する事態が起きれば、作業員や周辺住民が想定外の経路で被ばくする可能性もゼロではありません。もしもの場合、国は迅速な復旧対応やモニタリングを実施し、速やかに情報を公表することが求められます。
また、作業員の安全を確保することも重要です。放射性物質が含まれる土を取り扱う作業であることを事前に説明し、実際の被ばく線量を伝えることも欠かせません。
――原発で出た廃材のうち、放射能濃度が十分低いものを自由に再利用できる「クリアランス制度」では、セシウム134、セシウム137の濃度がそれぞれ1キロ当たり100ベクレル以下の場合に再利用を認めています。除去土壌の再利用基準案とは差があります。
側溝を除染する作業員=福島県伊達市で2014年1月24日午後3時3分、蓬田正志撮影
◆除去土壌は原発の敷地外で発生したものです。日本で事故後に定められた法律に基づいて扱われ、国の責任で管理されます。
一方、国際的にも導入されているクリアランス制度は、原発の敷地内で出たものが対象です。基準を満たしたものを規制から外し、自由に流通させることが認められます。このため求められる被ばく線量の主な基準が年間0・01ミリシーベルトと、より厳しいものになっています。
国は、両者にこうした明確な違いがあることを国民に分かりやすく説明していかなければなりません。
記憶薄れ、除染土の認知度高まらず
――最終処分に向けて、再利用は進むでしょうか。
◆一度でも「放射能で汚染されたもの」と考えると、不安を拭えない人もいます。そうした心理を「科学的に安全だ」という理屈だけで納得させるのは極めて難しいです。ましてや除染で出た土の再利用は原発事故が起きた日本で行う初めての試みで、世界でも先例はありません。
吉田浩子・東北大先端量子ビーム科学研究センター研究教授=本人提供
除去土壌の再利用を進めることによって、社会全体に利益がもたらされるようにならなければいけません。国は(再利用は)本来貴重な資源である土壌の有効活用になるとしていますが、このロジックが広く国民に受け入れられるかが重要なポイントです。
そもそも、大量の除去土壌が県内の中間貯蔵施設に保管されていることや、いまだに避難指示区域があり帰還したくてもできない方々がいることが、どれほど認知されているでしょうか。自然災害が多い日本では、過去の災害の記憶は薄れていくのが現実です。
しかし、原発事故の後始末は終わっていない。このことを国民が認識できるよう、国はこれまで以上に説明や対話を進める努力が必要です。【聞き手・高橋由衣】
吉田浩子(よしだ・ひろこ)
東北大大学院薬学研究科准教授などを経て、2022年から同大先端量子ビーム科学研究センター研究教授。専門は放射線防護。原子力規制委員会放射線審議会委員や原子力損害賠償・廃炉等支援機構の廃炉等技術委員会委員、ICRP第4専門委員会委員を務める。