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毎日新聞2025/3/26 06:00(最終更新 3/26 06:00)有料記事2284文字
衛星調査で判明した漏水の可能性のある地点で、地中の水道管の音を聞く西播磨水道企業団の職員=兵庫県相生市で2025年3月6日、露木陽介撮影
道路上での水道水の噴出や断水、道路の陥没など、劣化した水道管の破損によるトラブルが全国で相次いでいる。しかし、漏水した場所を見つけ出すのは、聴診器のような器具で地中の音を聞き取る、地道で時間のかかる作業だ。そこで今、この作業に人工衛星を使った技術を取り入れる動きが広がっている。その実力を探った。
イスラエルの研究者が創業
3月初旬、兵庫県相生市南部の住宅街。作業員が道路上の水道弁を開け、長い金属製の器具「音聴(おんちょう)棒」を地下に差し入れて水道管に先端を当てる。記者が器具のじょうごのような部分に耳を当てさせてもらうと、「シュゴー」という音が聞こえた。
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「漏水が起きていると思われる音です」。市内の水道事業を営む西播磨水道企業団の吉田正昭参事が教えてくれた。同企業団は通常、埋設から50年以上が経過した水道管を主に点検している。ただこの一帯は、そこまで古くない埋設後約40年で、過去に漏水も無い地域だという。この場所を点検対象に選んだのは、人工衛星の観測データに基づくサービスで、漏水の疑いが示されたからだ。
技術を開発したのはイスラエルの企業「アステラ」。2013年、月や火星の水を研究する研究者が創業した。16年に商用化され、すでに64カ国にサービスを展開。日本代理店の「ジャパン・トゥエンティワン」によると、国内では兵庫県や大分県など35道府県の延べ70事業体以上が導入している。
アステラが日本向けサービスで利用するのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測衛星「だいち2号」と、アルゼンチンの宇宙機関が運用する衛星が取得したデータだ。
地球観測衛星「だいち2号」が地表に向けてマイクロ波を照射するイメージ=宇宙航空研究開発機構(JAXA)提供
調査はまず、人工衛星から地表に向けて、波長の短い電波「マイクロ波」のうち「Lバンド」と呼ばれる周波数帯の電波を照射することから始まる。Lバンドは樹木などの障害物をすり抜け、地中2~3メートルほどまで届く性質があり、地中から電波が反射して衛星に返ってくる。
同社はこうして撮影された衛星画像から地表や地中のデータを取得し、建築物など不要な情報を人工知能(AI)で除去。その上で、水だと高い値になる「誘電率」の差で、上下水道と海水や河川の水を区別する。さらに、土壌中の水分量も加えたデータと敷設された水道管の位置を照合することで、漏水しているとみられる地点を検出する流れだ。
アステラ社の人工衛星による調査結果のイメージ。漏水の可能性がある地点が強調して表示される=ジャパン・トゥウェンティワン提供
判定される地点の範囲は半径100メートルごと。水道事業者はこの範囲内で、実際に漏水が起きているかを調べることになる。
大分県は「以前より発見率が向上」
西播磨水道企業団の水道管路は、相生市と隣接するたつの市の一部と合わせて総延長約400キロに上る。今年になって初めて衛星による調査を行い、140地点で漏水の可能性があると判定された。2月末までにうち109地点で緊急点検を終え、38地点の57カ所で漏水の疑いが強まった。
では、業務は効率化されたのだろうか。同企業団では耐用年数の40年を超えた、全体の水道管の2割弱を点検対象の候補としてきた。今回の衛星調査で漏水可能性が示された地点も全体の約2割。削減率で見ると、ほぼ変化は無かった。しかし吉田参事は「客観的に全ての管を調査できる。これまでの経験や職員の勘とは違って、漏水の可能性が示されるのは大変助かる」と手応えを話す。
23年に県内18市町村全てで導入した大分県では、総延長約9500キロの水道管のうち、漏水の可能性のある範囲として約1600キロに絞り込んだ。その後の現地調査での漏水発見率は速報値で38・4%で、1キロあたり1・74カ所だった。担当者は「良好な結果で、以前より発見率は向上したと考えている」と話す。
人工衛星の調査結果をタブレットで確認しながら、聴診器のような道具で地中の音を聞く点検作業員=兵庫県尼崎市で2025年3月5日、露木陽介撮影
ただ、この技術では毎分100ミリリットルの微細な漏水も検知できる一方、その規模では人の耳での感知が不可能で漏水が確認できないケースがある。地下水の水位が水道管より高いと正確な検出ができないこともあるという。導入した兵庫県尼崎市公営企業局は「期待は大きいがまだ始めたばかりで、どれほど漏水発見につながるかは分からない」と、費用対効果を算出して効果を検証する方針だ。
水道管のトラブルでは、1月に埼玉県八潮市で起きた下水道管破損による県道の陥没事故が記憶に新しい。ジャパン社によると、地下3メートルより深い位置に上水道管が通っている場合は検出できず、八潮市の事例(地下約10メートル)では検出できたかは分からない。ただ、同社には八潮市の事故以降、都道府県庁や民間の水道事業者からの問い合わせが増えているという。
下水道のリスク評価目指すベンチャーも
水道管の損傷リスクを判定し、点検の優先順位を示すサービスもある。JAXA発の宇宙ベンチャー企業「天地人」(東京都)が展開する「宇宙水道局」は、JAXAの気候変動観測衛星「しきさい」や地形・地質データなどを用いて、地表面温度の変動や地殻変動といった、水道管の劣化に影響を与えうる要素を捉える。
宇宙ベンチャー企業「天地人」による宇宙水道局のイメージ。赤色の地点は、リスクが5段階で最も高い場所=同社提供
これらの環境データや過去の漏水地点などをAIで解析し、100メートル四方ごとにリスクを5段階で評価する。東海地方のある市では、1059地点の漏水を調査。123カ所あった実際の漏水箇所の8割以上が、リスクが最高~3番目に高いと評価された地点内にあった。
天地人は今後、自社でより細かく地表温度を観測できる衛星を打ち上げる計画で、下水道管のリスク評価も視野に入れる。同社の樋口宣人・最高執行責任者(COO)は「事業者が限られたリソースを最大限発揮できるように、点検対象の目星をつける手助けをしたい」と意気込む。【露木陽介】