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毎日新聞2024/9/23 東京朝刊有料記事1017文字
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伸ばした髪を寄付する「ヘアドネーション」。脱毛症や抗がん剤治療の副作用などで髪を失った人のウイッグ(かつら)になる。
日本では2000年代後半から徐々に広まった。寄付者には小中学生もいる。「伸ばすのに時間がかかるし、手入れも大変だけど、誰かのためになるなら」。何度か取材したが、善意を届けるすてきな取り組みだと感じていた。
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ところが先日、美容師の渡辺貴一さんの話を聞く機会があり、認識の甘さに気付かされた。
渡辺さんは09年、髪に悩む子どもにウイッグを無償提供するNPO法人「ジャパンヘアドネーション&チャリティー」(ジャーダック)を設立した。「髪への恩返し」の気持ちで、米国の団体の取り組みを参考にしたという。
反響は上々だった。寄付した人のネットの投稿やメディアへの露出により、寄付もウイッグの希望者も増えていった。今は参加の輪が年10万人にまで広がっている。
でも、渡辺さんは「子どもを笑顔にする美談」とみなされることに違和感がある、と話した。髪がない人は社会の少数派。だから「ウイッグは必要なもの」という無意識の押しつけをしていないか、と思うのだという。
何も聞かされず家族に連れて来られる子もいる。「本人の気持ちは?」と気になるそうだ。
ジャーダックが監修した「31㎝」という本がある。31センチは、寄付できる髪の長さの下限だ。
この本には、寄付した側、受け取った側など、さまざまな人の声が載っている。例えば、小中学校ではヘアバンドやバンダナで隠し、高校からウイッグをつけて過ごしたという女性は、こう胸の内を明かす。「当たり前に『ある』と思われているものが『ない』だけで『違う』と思われる。そして自分でも『違う=あかん、ダメ』って思ってしまう」
がん患者の外見ケアに詳しい臨床心理士の野澤桂子さんは「がんの人に対してかわいそうな人、と見ていた人ががんになった時、絶対に隠さないといけないと思いがちです」と解説している。つまり、気にしているのは他人の目のようで、実は「自分の目」ということだ。親が髪のない我が子の姿を隠そうとすれば、子どもは「自分は隠される恥ずかしい存在」と感じて自信をなくしてしまう。
ウイッグを渡しさえすれば解決するわけではないと、渡辺さんは言う。目指すのは「ウイッグをつけても、つけなくてもいい社会」。「当たり前」を問い直さなくてはいけないのは、髪の問題だけではない。(専門記者)