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毎日新聞2024/9/26 東京朝刊有料記事1024文字
米国がウクライナに提供した「世界最強」の呼び声が高い、エーブラムス戦車。ウクライナはそっくりな偽戦車を製造し、ロシア軍をかく乱している=米国防総省提供
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兵士を入れた巨大な木馬を戦地に残して退却、相手は戦利品として自陣に運び込む。だが、深夜、中に潜んでいた兵士が木馬から抜け出し、援軍を引き入れて相手を倒す。ホメロスの叙事詩に描かれたトロイの木馬だ。
戦いの場では、古代ギリシャの時代から、敵をあざむく技術が使われてきた。ロシアとウクライナの戦争も、その例に漏れない。
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日本海を飛行したロシア空軍のTU95爆撃機。ウクライナ軍の攻撃を避けるため、基地に駐機中は、両翼にタイヤを積んでいる=防衛省統合幕僚監部提供
昨年秋、ロシアの空軍基地に駐機する爆撃機や戦闘機の両翼や背が、古タイヤでびっしりと覆われている姿が衛星写真で捉えられた。タイヤの数は優に100本を超す。なぜ、タイヤが置いてあるのか。理由はナゾに包まれていた。
タイヤを置き始めた時期は、ウクライナ軍がドローンやミサイルでロシア軍基地の攻撃を始めた時期と重なる。体当たりするドローンから機体を守るためではないか。そんな臆測も広がった。
そのワケが最近解けた。米ワシントン市内であった人工知能(AI)のシンポジウムで、米軍技官がこう解説した。「標的を識別する機能をかく乱するためだ」
ミサイルには、攻撃場所や、標的の姿、形などの画像情報を事前に入力してある。情報と一致する標的が見つかれば突入する。
ロシア海軍の軍港の衛星写真。本物の潜水艦に並び、偽物の潜水艦が岸壁に描かれている姿が分かる=英国防省の「X」(ツイッター)から
だが、翼に多数のタイヤが置いてあれば、その姿は、入力していた画像情報とは異なる。高価なミサイルは標的を見つけられぬままさまよい、無駄遣いになる。
ロシア軍は、空軍基地の駐機場に爆撃機そっくりの絵、軍港の岸壁には潜水艦の絵も描く。ミサイルやドローンを、偽の標的に「誘導」することを狙ったものだ。
畳めばコンパクトで、持ち運びが容易な膨張式の偽戦車もある。ゴム風船と同様、わずか数分で膨らむ優れもの。随所に配備し、相手の砲弾を無駄遣いさせている。
現代版トロイの木馬といえる戦術もある。偽戦車をわざとわかるように置き、相手を慢心させる。その後、本物に置き換え奇襲を仕掛ける。ロシア軍はこうした欺まん(マスキロフカ)技術を奨励し、偽物製造を専門とする部隊もある。
ウクライナ軍も負けていない。欧米などから供与された戦車の模型やマネキンの偽兵士を使い、ロシア軍をかく乱している。
ロシア側の発表によれば、欧米が実際にウクライナに提供した数を上回る「欧米製兵器」が破壊されている。偽物と本物の区別が難しい現実を示す証左と言える。
知恵が勝負の欺まん技術は、ローテクだが、AIに対抗できる潜在力を持つ。中国も熱心に取り組むなど、さらなる進化が確実視されている。(専門編集委員)