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毎日新聞2024/10/2 東京朝刊有料記事1011文字
財務官を退任後、毎日新聞のインタビューに応じる神田真人氏=財務省で2024年8月27日、手塚耕一郎撮影
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世界経済から国家財政、歴史に教育問題まで何でもござれ。博覧強記ぶりは秀才、英才が集う霞が関でも際立っていた。
7月末に財務官を退任した神田真人氏は「宇宙人」とも呼ばれた異色の官僚である。
財務官は財務省の国際部門トップ。近年、このポストがこれほど注目されたことはなかった。
在任期間の3年間は為替市場で歴史的な円安・ドル高の嵐が吹き荒れた時期と重なる。
各国の通貨当局者と日夜、英語で渡り合い、あまりに投機的な市場の動きには為替介入で断固、対応した。「令和のミスター円」。いつしかこんな異名も付いた。
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その神田氏が退任直前に残した置き土産がある。日本を代表する学識者やエコノミストを集めて議論を重ねた報告書である。
国際収支に関する懇談会であいさつをする神田真人財務官(奥)。自ら座長も務めた=財務省で2024年6月18日午前10時5分、山下貴史撮影
資源の乏しい日本は外国から原材料を輸入し、国内で加工した製品を輸出して稼ぐ貿易立国――。
学校でそう習った人も多いだろう。しかし、その「常識」はもはや過去のものとなっている。
日本が海外との取引でどれだけ稼いだかを示す「国際収支」を見れば、変化は一目瞭然だ。
2023年度の国際収支のうち、モノやサービスなどの取引状況をまとめた経常収支は25兆円超の黒字だった。黒字幅は07年度を上回り過去最高を更新したが、中身は大きく入れ替わっている。
長く経常黒字を支えてきた貿易収支は赤字に転落した。日本製品の国際競争力が低下し、自動車以外の「稼ぎ頭」が見当たらない。
ここ数年は日本企業の過去の海外投資から得た利子や配当が主力となっている。国際収支を分析することで、こうした日本経済の現状と課題を浮き彫りにした。
「我が国は貿易立国と言われているが、経済の構造を見ると必ずしもそうではない」
自民党総裁選の投開票後、記者会見をする石破茂氏。貿易立国問題にも言及した=東京都千代田区で2024年9月27日午後6時4分、藤井達也撮影
発言の主は1日に第102代首相に就任した石破茂氏である。
石破氏が神田氏の「置き土産」を意識したのかは分からない。でも、現状に強い危機感をもっていることだけは確かだろう。
報告書は「構造的な改革の必要性は、これまで長く指摘されていたものの、その実施は遅滞してきた」と厳しい批判も加えている。歴代政権への叱咤(しった)でもある。
一方で、産業の新陳代謝など課題克服策も詳細に示し、こう結んでいる。「競争力のある日本経済を取り戻すことは十分可能」と。
ミスター円が残した経済再生の処方箋だ。従来通りの総花的な対策では現状を変えるのは難しい。経済政策が不安視される石破政権の重大な試金石だ。(専門記者)