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毎日新聞2024/10/3 06:00(最終更新 10/3 06:00)有料記事2415文字
ハイチでは医師だったというビルブラン・ドルサンビルさん=米中西部オハイオ州スプリングフィールドのハイチコミュニティー支援センターで2024年9月11日、國枝すみれ撮影
約6700万人の米国人が見ている9月のテレビ討論会で、トランプ前米大統領が「スプリングフィールドでは(ハイチ移民が)犬や猫を食べている」と発言したとき、あぜんとした。地元当局が否定し、フェイクと判明している話をなぜ蒸し返すのか? たまらず、滞在している米中西部オハイオ州内にある町・スプリングフィールドに車を飛ばした。
「差別意識を子供にすり込み」
ハイチ移民のビルブラン・ドルサンビルさん(33)はトランプ氏の討論会での発言に驚いていなかった。トランプ氏は大統領だった2018年にもハイチやアフリカ諸国を「便所の穴」と表現する差別的な発言をしていたからだ。
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「だけど、ハイチ人への憎しみを意図的に拡散していることが理解できない。差別意識を子供たちにすり込んでいる。子供たちの将来が怖い」
最近、コインランドリーで自分の洗濯が終わっても、空いた洗濯機を使わせてくれない男がいた。ドルサンビルさんは、自分がハイチ移民だからだろう、と感じている。
ハイチでは医師だった。米国では免許が使えないため、看護学校に入学した。あと少しで看護師資格がとれる。
「病院で米国人を助ける。ハイチ人もこの社会に貢献していることを知ったら、彼らの態度も変わるかもしれない」
そうですね、と言いたい。けど、この国の現実を考えると安易にはうなずけない。
反発のきっかけは11歳少年の死亡事故
スプリングフィールドでは、移民を嫌悪する声を多く聞いた。
「ペットを盗まないでほしい」
「ハイチ人は英語を話さない。家はゴミ箱のようだ。我々と同じように生活しない」
爆破予告があり警察車両が集まるスプリングフィールド市役所=米中西部オハイオ州スプリングフィールドで2024年9月12日、國枝すみれ撮影
地元警察が否定しているソーシャルメディア上のうわさを信じているだけではない。差別的な発言がポンポンと飛び出す。
米国人は限界に達したのかもしれない。バイデン政権は短期間に大勢の移民を受け入れすぎたのだ。
スプリングフィールドではハイチ移民に同情する民主党支持者ですら口をそろえた。
「移民が増えれば(住宅が足りなくなって)家賃は上がるし、自治体の負担も増える。移民を責めるべきではないが、元々の住民に対する手当ても厚くすべきだ」
ハイチ移民に対する反発が強まったきっかけは23年8月に起きた交通事故だ。ハイチ移民が運転するミニバンがスクールバスと衝突して、11歳のエイデン・クラークさんが死亡し、20人以上がケガをした。
この事故に「移民脅威論」をあおる保守系メディアとトランプ陣営が飛びついた。
トランプ陣営はテレビ討論会前日の9月9日にも、X(ツイッター)にエイデンさんの写真を投稿し「(民主党候補の)ハリスが国に入れたハイチ移民により殺されたエイデンを忘れるな」と書き込んだ。
しかし、エイデンさんの父親は「息子の死を移民への憎しみを増幅させるために利用している」と怒った。9月10日に市役所で開かれた公聴会で、トランプ氏と副大統領候補のバンス氏ら共和党政治家を名指しして「モラルが破綻している」と非難した。
「ペットが食べられているといったウソの主張までして、憎しみを吐き出している。だが、息子に言及することは許さない」
父親は「息子が60歳の白人の車に殺されていたならよかった」と嘆いた。確かにその場合は政治の材料に使われることはなかっただろう。
6年前にも記者が見た悪夢
悪夢を再び見ているようだった。
モリーさんのために走るマラソン大会の優勝者ら。家族と友人はモリーさんの死から、移民への憎しみではなく、ポジティブなものを生み出そうと努力した。マラソン大会は今も続いている=米アイオワ州ブルックリンで2018年9月、國枝すみれ撮影
18年夏、私は中西部アイオワ州ブルックリンにいた。本の挿絵から出てきたような美しい農村だった。20歳の白人女性モリー・ティベッツさんがジョギング中に滞在資格がないメキシコ人に殺され、当時大統領だったトランプ氏は「彼女はメキシコからの不法移民に殺された。国境に壁が必要だ」と演説した。
モリーさんの父親は、中南米系移民を「私たちと同じ価値観を持っている」と擁護し、「娘が(生きていれば)人種差別だと信じるであろう考え方」を広げるために事件を利用している、とトランプ政権を非難した。
当時、モリーさんを殺害した男が働いていた農場を訪ねると、3軒の移民宿舎は空っぽだった。
移民の子供たちが学校で嫌がらせを受け、州外の白人至上主義者団体から「もし彼女が生き返ったら、(中南米系移民を)全員殺せと言うだろう」という脅迫電話がとどめを刺した。震えあがった中南米系移民は村から出て行ってしまった。
「事件前は村に反移民感情などなかったのに」。農場主の息子がぼやいた。
悲しい光景だった。
移民より米国生まれの犯罪率が高い
移民による犯罪はもちろん起きる。だが、米国生まれの住民に比べると、犯罪率はずっと低い。強制送還を恐れるからだ。
例えば、シンクタンク「ケイトー研究所」は6月、移民が多いテキサス州で、滞在資格がない移民とある移民、アメリカ生まれの住民とを10年間比較した調査を発表した。殺人罪で有罪になった数は、米国生まれに比べ、滞在資格がない移民は26%、滞在資格がある移民は61%も低かった。
最近、トランプ氏の移民たたきはますます過激になっている。「(国境を越えて来る移民は)刑務所や精神障害者施設から出てきたやつらだ。テロリストだ。この国の血を毒している」と主張しはじめた。
現実から乖離(かいり)していくトランプ氏。それでも支持者はついていく。
24年1月のピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、米国民の57%が「南の国境を越える移民が増えると犯罪が増える」と信じている。トランプ氏の岩盤支持層である白人キリスト教福音主義者に限ると、82%がそう考えている。
トランプ氏は合法的に滞在しているハイチ移民を強制送還する計画だ。もしそうなれば、スプリングフィールドは、高齢化と過疎化による人手不足に苦しむ他の田舎町と同じように、ゆっくりと衰退していくだろう。【デジタル報道グループ・國枝すみれ】
<※10月4日のコラムは写真映像報道部北海道の貝塚太一記者が執筆します>