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毎日新聞2024/10/5 東京朝刊1664文字
衆院本会議で所信表明演説を行う石破茂首相=国会内で2024年10月4日午後2時34分、平田明浩撮影
自民党にあって長く野党的な立場を取りながら、新首相に選出された意味を自覚すべきだ。党内融和を優先し、当たり障りのない抽象論を語るだけでは、政治不信も、暮らしや将来への不安も払拭(ふっしょく)できない。
石破茂首相の就任後初の所信表明演説があった。党総裁選での主張から後退した内容が目立った。
「政治とカネ」の問題では「深い反省」を表明し、「ルールを守る倫理観の確立」に取り組むと語った。改正政治資金規正法の順守は当然のことだ。「透明性を高める努力を最大限していく」と述べたが、具体策は示さなかった。
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衆院本会議に臨み、言葉を交わす(左から)自民党の麻生太郎最高顧問、菅義偉副総裁、岸田文雄前首相=国会内で2024年10月4日午後2時1分、平田明浩撮影
党から議員に渡される「政策活動費」の廃止や、月100万円の「調査研究広報滞在費」(旧文書通信交通滞在費)の使途公開の実現は、先の通常国会からの課題だ。総裁選の論点にもなったが、言及しなかった。
薄まるばかりの独自色
派閥裏金問題で処分を受けた議員を、首相は次期衆院選で原則公認する方針だという。総裁選への立候補表明では、党の選挙対策委員会で徹底的に議論されるべきだとの考えを示した。だが、安倍派議員らから猛反発を受け、発言をトーンダウンさせてきた。演説でもこの問題に触れなかった。
首相はリクルート事件を受けた約30年前の「平成の政治改革」に携わった数少ない現職国会議員の一人だ。その経験を生かし、「政治とカネ」の問題にけじめをつけ、国民の政治不信を解消することが求められている。
だが、政権基盤の弱さも影響して、及び腰の姿勢が目に付く。大胆な「令和の政治改革」に挑もうという覚悟が伝わってこない。
1日に野党各会派へのあいさつ回りをした際のやり取りが象徴的だ。「石破カラーを出して頑張ってください」と声をかけられると、「出したらぶったたかれるでしょ」「出すと国民は喜ぶ、党内は怒る」と語った。
個別の政策でも独自色を抑えざるを得なくなっているのではないだろうか。
外交・安全保障政策では、持論のアジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設や、在日米軍の法的地位を定めた日米地位協定の改定を封印した。
アジア版NATOの棚上げは、近隣諸国や米国とのあつれき、実現性の薄さを考慮すれば当然だ。一方、日米地位協定の改定は、米軍基地負担が集中する沖縄の現状を考えれば、主張し続けていくべき問題である。
経済・財政政策は、「賃上げと投資がけん引する成長型経済」の実現など、岸田文雄内閣の路線を継承した内容となった。総裁選では格差是正につながる金融所得課税の強化も主張していたが、取り上げなかった。
金融政策を巡っては当初、日銀の判断を尊重する姿勢を示していた。だが、就任後は一転して早期利上げに慎重な考えを表明するなど、言動が揺れている。金融市場の信頼は到底、得られない。
国民本位の政治今こそ
かろうじて首相のカラーが出たのは、専任の大臣を置く「防災庁」の創設と、自衛官の処遇改善に向けた関係閣僚会議の設置、地方創生の交付金の倍増を表明したことなどである。これだけでは政策の方向性は見えない。
目前の衆院選を意識して、物議をかもすような争点を極力、隠そうとしているようにも映る。
世論調査の内閣支持率は、毎日新聞の46%など、歴代内閣の発足直後と比べて低い水準にとどまる。安倍晋三元首相が築いた長期政権のもと、正論を語ってきた首相への期待が裏切られたと感じる人が増えているのではないか。
首相は、本格的な国会論戦の場となる予算委員会を開かず、早期に衆院を解散することを決めた。まだ解散の権限を持たないにもかかわらず、就任前に衆院選の日程を表明したことは、憲政の常道に反する。
石破内閣は、日本政治が安倍路線からの転換期を迎える中で生まれた。しかし、何を目指し、どんな国をつくろうとしているのかがはっきりしない。これでは衆院選で国民は何を基準に投票してよいのかわからない。
首相は「納得と共感」の政治を掲げる。それを実現するには、党内事情優先の内向き姿勢を改めることが不可欠だ。求められるのは国民の目線に立って語り、行動することだ。