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毎日新聞2024/10/6 東京朝刊有料記事2145文字
世界中で人工知能(AI)技術の利用が急速に進む中で、スポーツ界でも広がりを見せています。今夏のパリ・オリンピックで日本選手団は、海外開催(かいさい)の五輪では金20個を含(ふく)む過去最多45個のメダルを獲得(かくとく)しました。五輪の舞台(ぶたい)でも判定や分析(ぶんせき)など、さまざまな形で最新の技術が使われました。スポーツ界でAIなどのテクノロジーがどのように使われているのかを探りました。
◆パリ五輪でも使っていたの?
分析や誹謗中傷対策を支援
なるほドリ AI技術の活用は日本選手団の活躍(かつやく)にもつながったのかな?
記者 2個のメダルを獲得した卓球(たっきゅう)では、試合の分析補助のために使われました。日本卓球協会の担当者は膨大(ぼうだい)な試合の映像を分析し、選手に渡(わた)すためにわかりやすく編集しています。卓球はコーチと話すタイムアウトなどプレー以外の時間が長く、プレーのみを抽出(ちゅうしゅつ)した動画の時間は全体の3分の1程度です。AIによってプレー場面のみを抽出することで、担当者の負担軽減につなげています。
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サーブ、レシーブのそれぞれの得点率をデータ化する際にも役立っています。パリ五輪では、AIを活用して事前に350試合以上の動画や分析データを準備できたそうです。
Q 他にはどんな形で使われていたの?
A パリ五輪では、ネット交流サービス(SNS)での選手への誹謗(ひぼう)中傷が相次ぎ、対策としても生かされました。国際オリンピック委員会(IOC)の選手委員会は、五輪期間中に選手や関係者に対して8500件以上の中傷の投稿(とうこう)が確認されたと発表しています。IOCはパリ五輪で初めて、SNSでの法律やガイドラインに反する投稿をリアルタイムでAIが検知し、自動的に削除(さくじょ)する仕組みを構築しました。
また、体操の世界選手権では採点支援(しえん)システムにAIが導入されています。2019年に一部種目、23年からは男女の全10種目で取り入れています。採点競技にAI判定が導入されるのは世界初の取り組みでした。
Q バレーボールの判定にも先端技術が使われていたね。
A テレビ中継(ちゅうけい)で目にする機会があったと思います。スパイクの「イン」「アウト」の判定が際どい時に、すぐに三次元のコンピューターグラフィックス(CG)映像が流され、判定が行われていました。
バレーボールには、判定に異議があった際にビデオ判定を要求できる「チャレンジ制度」があります。国際連盟によると、以前はイン、アウトの判定への異議がチャレンジ全体の約4割を占(し)めていました。正確な判定が瞬時(しゅんじ)に下されるようになり、試合時間の短縮にもつながっています。
◆日常生活に生かされるの?
介護や防犯に技術を還元
Q AI技術の活用で選手の技術も上達するのかな?
A AI研究の第一人者として知られる京都橘(きょうとたちばな)大工学部の松原仁(まつばらひとし)教授(65)によると、近年はAIによって画像認識などの技術が進み、スポーツでも幅広(はばひろ)く活用されるようになりました。
松原教授は「スポーツはコツの塊(かたまり)だと思う」と話します。コツは自分で気付いてつかむものでしたが、AIの動作分析などを通じて、感覚的ではなく客観的に理解できるようになりました。それにより、技術の習得や上達の効率化にもつながっています。
Q スポーツ分野でのAIの強みは何かな。
A スポーツは過去の映像やデータが多く残されているため、学習する材料がたくさんあります。一方でAIは過去のデータを基に最適なものを計算しますが、スポーツにおいては選手のパフォーマンスや体格に個人差があります。そうした個人差を考慮(こうりょ)するのはAIの苦手分野です。
4月に、カーリングに絡(から)めてAIの研究をしていた松原教授が中心となり、情報処理学会の中に「スポーツ情報学研究会」を設立しました。各競技で情報技術の活用や研究が進められていますが、これまではスポーツに関する研究を発表するのに最適な場がありませんでした。松原教授は、産官学で連携(れんけい)し、競技の枠組(わくぐ)みを超(こ)えて技術を共有することで、全体の技術の底上げにもつながるとみています。
Q 研究は日常生活にも生かされるのかな。
A スポーツの動作分析などの技術は、介護(かいご)分野で高齢者(こうれいしゃ)のバランス能力の向上や転倒(てんとう)予防にも生かされています。防犯カメラの映像を基に容疑者の絞(しぼ)り込(こ)みを行うための技術の参考にもなっているそうです。
一方、将棋(しょうぎ)中継では、AIによる対局の分析が瞬時に表示されるようになりました。スポーツでも試合状況(じょうきょう)から有利、不利などの傾向(けいこう)がリアルタイムで見られるようになれば、より観戦が楽しくなります。他分野への技術還元(かんげん)などで、さまざまな可能性を広げようと研究が続けられています。(運動部)<グラフィック・大谷紬>