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毎日新聞2024/10/9 東京朝刊有料記事967文字
労働組合の有志による「座ってちゃダメですかプロジェクト」も始動。椅子の設置を求めて関係者に要請を重ねている=東京都千代田区の衆院議員会館で2024年5月24日午後2時16分、奥山はるな撮影
<sui-setsu>
「何とかしたいとは思うけど、客の目が気になって……」
首都圏でスーパーマーケットを経営する男性の表情が曇った。
スーパーの仕事の多くは立ち仕事。たとえ客がいない時間でも、レジなどで立ったまま待機するよう指導してきた。
だが、海外では座ったまま接客をすることも珍しくない。
従業員に身体的負担を強いることに意味があるのか――。常々、疑問に感じていたという。
日本社会に染みついた「常識」。中には一体、誰のために続けているのか、原点があやふやなまま慣行として生き残っているものも少なくない。「立って接客」もその一つかもしれない。
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マイナビも企業と協力し、レジなどに椅子の導入を進める「座ってイイッスPROJECT」を始めた=マイナビ提供
求人情報大手「マイナビ」が接客業に携わるパート・アルバイトを対象に実施した調査がある。
回答者の3分の2が「接客中に座りたい」と答えている。正直な心からの叫びだろう。
立ち仕事の疲労などで仕事をやめざるを得なかった経験を持つ人も2割近くにのぼった。
ここまで現場を追い詰めながら、なぜ、小売業などで立ち仕事を強いているのか。
雇用主の声に力が抜けた。最も多かったのは、座ることで「客の印象が悪くなる」というものだ。「なんとなく」「特に理由はない」という声もかなりあった。
漠然とした不安におびえ、なんとなくで続けてきた「常識」であれば、もはや意味がない。
今春から免税専用レジなどに椅子を設置している「ドン・キホーテ浅草店」=東京都台東区で2024年9月18日、赤間清広撮影
行動を起こした企業もある。ディスカウント大手「ドン・キホーテ」は今春から全国19店舗のレジなどに椅子の導入を始めた。従業員の負担軽減が狙いだ。
客からクレームが殺到する事態も当然、覚悟はしていたが、取り越し苦労に終わった。「苦情はゼロだったんです」。担当者が声を弾ませる。
ドン・キホーテは椅子の設置に先駆け、髪色の規制も撤廃した。いまでは金髪など派手な髪色で働く人も売り場に増えた。
効果は予想をはるかに上回っている。求人の応募数が何と3割も増えたとか。従業員の個性を重視する企業の姿勢が好意的に受け止められたのだろう。
業界を縛り続ける暗黙のルール。まず、そこに「なぜ」と疑問をぶつけることで思わぬ道が開けることもある。
来店者は「座って接客」や、身だしなみルールの変化を前向きに受け止めている。意識変革を迫られているのは企業側だ。
決断に迷う経営者に伝えたい。「心配しないで。『常識』はもう変わっているから」(専門記者)