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毎日新聞2024/10/11 東京朝刊826文字
2024年のノーベル化学賞を発表する記者会見=スクリーンショットより
新しい科学の姿を印象づける受賞だ。人工知能(AI)に関する研究に取り組んだ教授らにノーベル物理学、化学各賞が授与されることになった。
物理学賞では、脳が学ぶ仕組みをコンピューターで再現しAI開発につなげた米国とカナダの2氏が選ばれた。大量のデータを分析して答えを出す「深層学習(ディープラーニング)」を実現した。自動運転など身近な分野に生かされている。
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化学賞は、生命活動を支えるたんぱく質の構造解析や設計を可能にしたAI技術に光を当てた。開発したIT企業の社員ら英米3氏に贈られる。これまで数年かかっていた作業を、わずか数分で完了できるようにした。
AIは、研究手法に変革をもたらした。膨大なデータを瞬時に処理する能力で、長年の謎の解明に道を開いた。化学賞の選考委員会は「たんぱく質を巡る50年来の問題を解決した」とたたえた。
他にも、新材料の開発やブラックホールの研究にも活用されている。便利なツールとして利用価値はさらに高まるだろう。
研究体制にも変容を迫っている。特定分野の専門家だけでなく、IT分野の傑出した人材との協働が国際競争を勝ち抜く上で不可欠となる。
日本ではこうした人材が慢性的に不足しており、育成が急務だ。
AIの負の側面にも目を向けなければならない。
たんぱく質を自在に設計できるようになれば、自然界に存在しないような有害な物質を人為的に作ることが可能になる。ネット交流サービス(SNS)ではAIで作られた偽情報が拡散し、社会を混乱させている。
物理学賞に決まったトロント大のジェフリー・ヒントン名誉教授はかつて米グーグルに在籍していた。警鐘を鳴らすために退職し、「AIが人間より賢くなり、手に負えなくなれば脅威となる」と話している。
原子力がエネルギー源にも兵器にも使われるように、科学技術には常に二面性がある。
人類にはその暴走を許さないための英知が求められている。高い倫理性を持って、リスクを低減するのは科学者の責務だ。