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毎日新聞2024/10/11 東京朝刊有料記事993文字
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古代ギリシャのソポクレスから19世紀のオスカー・ワイルドまで、数多くの戯曲家・作家が悲劇を残している。
イスラエルの作家、アモス・オズ(1939~2018年)は結末の違いから、悲劇にはシェークスピア型とチェーホフ型があると考えていた。シェークスピアの悲劇には「正義が勝つという伝統がある」一方、チェーホフの方は「結末では誰もが失望して幻滅し、悲嘆に暮れる」。
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イスラエル・パレスチナ紛争を終わらせるにはチェーホフ型しかない。オズの導いた結論だ。互いに自身の正義を疑わないため、「感傷的なハッピーエンド」にはなり得ない。両者が歯を食いしばって妥協する以外にない。
オズによると、イスラエルのユダヤ人とパレスチナのアラブ人は共に欧州の犠牲者だった。ユダヤ人は長年抑圧され、ナチス・ドイツによるホロコースト(大虐殺)も経験した。一方、アラブ人は19世紀以降、列強による植民地主義に苦しめられた。
「犠牲者2人は必ずしも兄弟になりません。同じ残酷な親を持ちながらも、子どもたちが抱き合うわけではないのです」
「ヘブライ文学の父」と呼ばれた作家は第二次大戦勃発前夜の39年5月、エルサレムに生まれた。両親は東欧出身のユダヤ人だ。
イスラエル兵としてアラブ諸国との戦闘に参加しながら、60年代に小説を書き始めた。和平には2国家が共存するしかないと信じ、93年のパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)を最初に支持した知識人の一人だった。
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスやレバノンを拠点にするイスラム教シーア派組織ヒズボラを敵視し、イスラエル軍による攻撃を支持した。だが、パレスチナやレバノンで市民の犠牲が拡大するのは許さなかった。
イスラエル軍とハマスによる戦闘が始まって1年が過ぎ、ガザ市民の犠牲者は膨れ上がっている。イスラエル軍はヒズボラ掃討を目指して戦線を拡大し、レバノンでも多数の住民が命を落とした。
イスラエルのネタニヤフ首相が目指すのは完全なる勝利である。ただ、戦いを終わらせるには、両者が苦しみながら妥協するしかない。どちらかが100%の満足を得ようとする限り、もう一方の抵抗は続くのだから。
かつてオズは妥協できない指導者を「善意や想像力、政治的勇気が欠如している」と批判した。臆病者のせいで、罪のない人々の命が奪われている。(論説委員)