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毎日新聞2024/10/12 東京朝刊有料記事1016文字
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先月の自民党総裁選で感心したのは、小泉純一郎元首相の冷めた眼識だ。息子の進次郎氏について「今、総理にならない方がいいのにね」と繰り返し広言した。その通りだったが、「今」と限定付きなのがミソである。
小泉ファミリーは芸能好きだ。純一郎氏は大のオペラファン。「見る・見られる」舞台芸術に習熟すると、「見せ方」への嗅覚も磨かれるに違いない。小泉親子には身についたセンスがある。
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政治家は人気商売の宿命を免れない。政治家が人気者だけで務まるはずもないが、いかに知識、経験、実務にたけていても、ある程度人気がないと一定以上の力をふるう地位に就けない。
この人気というヤツが面倒だ。実際の本人を知らない人が、勝手に思い込んだ虚像への好き嫌い。根拠がないのに理由はあるから、ムキになりやすい。評判という、本人を知る人たちからの伝聞に基づく怪しげな判断とも、重なるようでズレている。さらに、実像という暗い奥の間も控えているが、ややこしくなるので省く。
政治家の人気は、距離に応じて目盛りが上下する。テレビやネットで騒がれている人に、街頭や講演など同じ空間で接すると印象は変わる。10メートルまで近づいても同じだが、半径2メートル圏内に入ると磁力が一変し、魅了されてしまう場合もある。当てにならない。
優れた芸能者は社会の意識を変えるが、政治家はもっと直接に人々の運命を左右し、時に命すら奪う。評価には、人気や評判と全く別の尺度が必要だが、人気者ほどそれが通じない。虚像を守りたい人々が払いのけるからだ。
ロシアではスターリン人気が高い。何十万人殺そうが、何千万人死なせようが、祖国の英雄である。チャーチルは失敗続きのうぬぼれ屋で政界の鼻つまみ者だったが、戦時独裁者となり、終戦目前の選挙でクビになった。
吉田茂も岸信介も、生前は想像しにくいほどの嫌われ者だが、今や偉人に列せられる。
われらが安倍晋三元首相の評価には、もう少し時間が要る。その名前を自らの延命に使う政治家がいる間は難しい。衆院選は、ページをめくる一歩でもある。
石破茂首相が「ブレた」「紙を読んだ」「シャツが見える」とさんざんな言われようだ。就任10日余り。「見せ方」に無頓着なのは周知のことなのに、結構細かい。総裁挑戦が長すぎて実像が知られすぎているせいもあるのだろう。人気の元手は十分。多少シャツがのぞいても気にせず、中身一本で勝負したらいい。(専門編集委員)