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毎日新聞2024/10/13 東京朝刊有料記事947文字
内藤いづみ医師の最新刊「いい塩梅でサバイバル」はおむすびのイラストで明るい表紙。だが内容は、人生最終盤の生き方を問う重いものだ=滝野隆浩撮影
<滝野隆浩の掃苔記(そうたいき)>
甲府市の在宅ホスピス医、内藤いづみ先生(68)が新刊を出した。「いい塩梅(あんばい)でサバイバル」。表紙にはたくさんのおむすびが。「のり」「梅干し」「しお」。あっ、具として先生の顔の絵も! まさか9月末に始まったNHKの連続テレビ小説「おむすび」に便乗? 「いえいえ編集者が『塩梅』の連想から、おいしそうな表紙にしてくれました」
本には近年かかわってきた4人の患者とその家族のエピソードがつづられる。最初に出てくる有元さん(仮名)からもらった言葉がタイトルになった。末期がんで認知症で難聴なのに、本人のケアの方針を決める会議に車いすで参加。長い会議が終わったそのとき、寝ていた有元さんがすっと起きて「いいあんべえ(あんばい)でおねげえしやす」と言ったのだった。
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いまの世の中、「0」か「1」かのデジタル感覚で決められ、リスク管理のためのマニュアルがもてはやされる。人生の最終盤のケアがそれでいいのか。ずっと考えてきた先生が、有元さんに教えられた。「あんばい」は人生ののりしろ。自分を許し、周囲も許し、余裕をもって生き切るのだ。
もうひとり。100歳まで生きて乳がんがみつかった川田さん(同)は、悩んだ末、体に負担がかかるから手術をしないことを決めた。娘はそのがんを「しずかちゃん」と名付けた。「おはよう」「なるべく、静かにしててねー」。そう話しかけながらそろりそろり、母を介護した。
人生最終盤の介護、みとりは甘くはない。怖いし、つらいし、悲しい。「これ以上は無理」という場面は必ず訪れる。だけど、その山を越えようとする中で、人は成長する。4000人以上の最期に立ち会った先生は信じている。消えていくいのちを見守り、逃げない。「そのとき誇りが生まれるのです」。そうして自分のいのちもいつか消えると知る。
コロナ禍のあと、私たちは心の余裕をなくしていないか。結果のみに心をとらわれていないか。
100ページ少々の薄い本である。すぐ読める。でもすぐまた読みたくなる。寝る前とかに。購入希望者はインターネットでオンラインショップ「まいまい堂」を検索して注文するか、ふじ内科クリニックにファクス(055・252・4811)して申し込む。1650円。(専門編集委員)