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毎日新聞2024/10/17 東京朝刊有料記事1862文字
複数の学生から学長によるセクハラ被害の訴えが出ている名古屋芸術大=愛知県北名古屋市で4月、川瀬慎一朗撮影
大学の主人公は誰なのか--。そう自問しながら、愛知県内の二つの私立大で起きた問題の取材を続けている。一つは女子学生が被害を訴えた学長によるセクハラ問題、もう一つは理由が判然としない男子学生の退学処分問題だ。
いずれも大学側が学生の声に真摯(しんし)に耳を傾ける様子は感じられず、都合の悪いものを排除したり、問題に蓋(ふた)をしたりしているように見える。対応の裏には「大人の事情」もうかがえ、そのせいで平穏なキャンパスライフが奪われた学生が気の毒でならない。
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学長のセクハラ 結論を性急対応
「セクハラした人が学長になるなんて……。これがセクハラではないと言われたら、大学をやめるしかない」。名古屋芸術大(同県北名古屋市)に通う女子学生は4月、目に涙を浮かべ、そう声を震わせた。同大では複数の女子学生が、今春学長に就任した来住尚彦氏(64)からのセクハラ被害を訴えている。
学生らによると、来住氏は学長就任前の昨夏、学内でミュージカルの練習をしていた複数の女子学生に、指導として背中や頭を触ったり、肩を組んだりしたとされる。
被害申告を受け、大学側は今年3月に調査委員会を設置。メンバーは外部弁護士を除けば、副学長や理事など内部関係者で構成された。そして、設置から20日後の3月28日、ホームページ(HP)に理事長名で「処分するべきハラスメントが行われたとは認定できない」と掲載した。調査内容は何も示さず、学生が説明を求めても応じなかった。
わずか20日間で調査を終え、一方的に結論のみ示して問題に終止符を打とうとする大学側の対応に強い疑問を感じた。まるで、4日後に控えた来住氏の学長就任に間に合わせるための性急な対応に思え、身内による「お手盛り」感も否めなかった。
その後の取材で判明した調査報告書の内容に、私は絶句した。報告書は来住氏の一部行為について「体や髪に接触する必要性、相当性は認められず、不適切でセクハラに該当し得る」と指摘していた。
一方で、「身体的接触の程度は強くないため、悪質性は高くなく、重い処分は相当ではない」「(被害申告が半年後だったことから)不快感を抱いた程度は大きくなかったことがうかがえる」などと学生の思いを無視した身勝手な結論で締めくくっていた。
学生の被害回復に努めることなく、不適切行為をしたとされる人物を学長に据えたのはなぜか。大学側に何度取材を申し入れても「HPで公開している内容が全て」と回答するのみ。文部科学省も説明責任を果たすよう大学側に求めたが、沈黙を貫いている。
ただ、複数の大学関係者は内幕をこう語る。「学内で理事長に逆らえば排除される。来住氏は理事長が推した人物で、就任させないという選択肢はなかったのだろう」
反戦デモに参加 3学生退学処分
ふに落ちない問題はもう一つある。愛知大豊橋キャンパス(同県豊橋市)に通う男子学生3人が昨年9月、退学処分を受けた。3人は同大学生自治会の役員で、自治会ののぼり旗を無断で掲げてウクライナ反戦デモに参加したことなどが「大学の秩序を乱し、学生の本分に反した」という処分理由だった。
同大学則は、懲戒処分は「教授会の議を経て学長が懲戒する」と定める。ただ、学生らの処分は、教授会で否決されていたという。それでも、処分は敢行された。
そうまでして3人を退学させる必要がどこにあったのか。学生側は「表現の自由を奪う行為」などとして大学を相手取り、学生の地位確認と損害賠償を求め提訴。「自治会役員を退学に追い込むことで自治会をつぶそうとする弾圧的行為だ」と批判する。
大学のガバナンスに詳しい明治学院大の石原俊教授(社会学)は「セクハラや退学は学生の人生にとって致命的な問題にもかかわらず、両大学は学生が意見表明したり、必要な説明を受けたりする権利を保障していない。理事長らによるトップダウンの統治が敷かれ、学生の権利を極端に軽視している」と批判する。
石原教授は「私学の自治は重要」と前置きした上で、ハラスメントや懲戒処分など人権に関わる事柄については「ボトムアップの意見表明の保障と、国公私立問わず一律のガイドラインが必要だ」と指摘する。
取材する中で、大学の主人公が理事長や学長のように感じることが少なくなかった。しかし、大学は学問、研究の場であり、主人公はやはり学生だ。トップにおもねり、学生の将来を簡単に奪うような組織であってはならない。学生が安心してキャンパスライフを送れるよう、国公私立の枠を超えた環境整備が求められる。