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毎日新聞2024/10/21 東京朝刊有料記事1012文字
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「いい施設」とは?
「より良いケア」とは?
慶応大の大学院生、金子智紀さん(30)は、大学での研究やNPO法人での活動などを通じて全国の150以上の高齢者施設を訪ね歩き、考えてきた。
運営者らに聞き取りし、ケアへの考え方などを付箋にメモした。その数は約1300枚に上る。
最初に聞くのは「新人職員に『大切にしてほしいこと』を一つ伝えるとすれば何ですか?」。
ある施設長からは「何かをしてあげるのではない。おじいさん、おばあさんと一緒にするのが大事」という答えが返ってきた。そんな施設では、入所者のお年寄りが訪問客にお茶を出してくれる。
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研究室の井庭崇教授の指導を受けながら、メモから共通項を探り、ケアのヒントになる30の言葉を抽出した。前の例で言えば「自力の見守り」や「役割をつくる」がキーワードになる。
リスクがあっても、避ける準備とフォローで思いをかなえる大切さも知った。これは「ちょっとした冒険」という言葉で表現した。
金子さんは高校の時、隣の特別養護老人ホームのお年寄りを文化祭に招いたのが縁でボランティアに入るようになった。博士課程に進んだ2020年は新型コロナウイルスが広がり施設へ出入りできなくなった。そこで約1年間、介護施設にスタッフとして住むことを選んだという行動力の持ち主だ。
施設を回ると「こんなすてきなホームがあるのか」と驚くこともあった。一方で、ケアに携わる人たちから「あそこは特別だから」「理想だけど、自分たちには、なかなかできない」という声もたくさん聞いた。
転倒や誤飲など問題を再発させないノウハウは施設で蓄積され、共有される。でも、困難を乗り越えた経験や、良いケアができた実感などは共有されにくい、と感じる。30の言葉には、こうした「個人の蓄積」を可視化して広めたいという思いが詰まっている。
井庭教授との共著で、それをまとめた「ともに生きることば」を刊行した。ケアに関わる人の研修や経験を語り合うワークショップなどで活用されているという。
金子さんは今年度、博士課程を終える。研究を続けつつ、現場も受け持ち、研究と実践の両輪で介護に関わりたい、と語る。
高齢化で介護サービスのニーズは高まり、40年度には今より57万人多い272万人の担い手が必要になる見込みだ。人手不足は深刻だが、こんな若手の熱意に触れると頼もしくなる。(専門記者)=次回は11月4日に掲載します