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毎日新聞2024/10/22 06:00(最終更新 10/22 06:00)有料記事2398文字
TSMCと雲林科技大が提携して新設する日本人コースの説明会は、高校生や大学生、保護者らが訪れ、熱気を帯びていた=東京都新宿区内で2024年9月28日、鈴木玲子撮影
半導体受託生産の世界最大手「台湾積体電路製造」(TSMC)が熊本県に工場を開所し、北海道では国内半導体企業「ラピダス」が次世代半導体工場の建設を進めるなど、各地で半導体産業への投資が熱を帯びている。
「TSMCは世界最先端の半導体製造技術を持ち、その市場シェアは90%を超えています」。東京都内で10月8日に開かれた台湾当局のパーティーで、台湾の発展をアピールする映像が流された。多くの時間を占めたのが半導体産業関連についてだ。2024年2月のTSMC熊本工場の開所を踏まえ、「台日の半導体産業連携のためウィンウィンの状況を作りましょう」と関係強化を呼びかけた。
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そのTSMC本社は台湾北部・新竹市にある。記者が8月末、本社に付設されたミュージアム「台積創新館」を訪れると、若者らが記念写真を撮っていた。ミュージアムは同社の創業と発展の歴史などを紹介し、人気を集める。
熊本県菊陽町にあるTSMCの第1工場=2024年2月12日、本社ヘリから
TSMCは台湾の若者にとって、あこがれの企業だ。従業員数は約7万6000人(23年末現在)。平均年収は約284万台湾ドル(約1334万円)で、台湾の平均年収の約4倍に上る。驚くほどの高給だが、仕事内容は激務ともいわれ、退職者も少なくないという。
世界を席巻する製造技術で台湾の存在を際立たせたTSMCは、台湾で「護国神山」とも呼ばれる。10月17日には24年7~9月期決算が発表され、売上高・最終(当期)利益とも四半期ベースで過去最高となった。熊本では第1工場が24年内に量産を開始する予定で、今後建設される第2工場は、27年末までに量産開始を目指す。
ただ、こうした好調を支える半導体産業の専門技術者は世界的に不足しており、人材確保と育成が急務となっている。熊本工場の拡大に向け、専門性に加えて中国語と日本語ができる人材となると、圧倒的に乏しいのが実情だ。
雲林科技大と提携、日本人コース新設
TSMC本社に付設されたミュージアム「台積創新館」。TSMCの創業・発展の歴史や半導体について紹介しており、多くの見学者が訪れている=台湾新竹市で2024年8月30日、鈴木玲子撮影
TSMCはその懸念を払拭(ふっしょく)しようと、台湾中南部・雲林県にある雲林科技大とタッグを組んで、日本人の人材育成に乗り出した。産学連携でTSMCが求める人材を一から育て上げようというわけだ。
雲林科技大は、台湾で科学技術系大学のランキングでトップクラス。TSMCが出資し、大学に半導体産業の専門人材を実践的に育成する日本人向けプログラムを新設した。半導体製造装置の取り扱いや工場生産管理などを学ぶ。
「日本人学生の受け入れ態勢を整えています。ぜひ我が大学に来てください」。9月28日、東京都新宿区内で日本人コースの説明会が開かれ、来日した雲林科技大の黄貞元・副国際事務長が若者らに語りかけた。
会場は高校生や大学生、その保護者らで埋まり、オンライン参加を含め約170人が集まった。会場には北海道から聞きに来たという親子の姿も。既に中国語の学習を始めたという気合の入れようだ。その熱意もうなずける。この日本人コースが、金銭面を中心に破格ともいえる好条件を掲げているからだ。
学費は全額免除、生活補助費も毎月支給
4年間の学費は全額免除。さらに給付型奨学金(生活補助金)として毎月1万台湾ドル(約4万7000円)が4年間支給される。学費と奨学金の総額は計約450万円に上り、TSMCが負担する。寮費や健康保険費は自己負担だ。卒業したらTSMCの新人エンジニアの入社試験を受けるのが必須条件だが、もし試験で不合格になっても、奨学金の返金は不要という。
コースは25年度(新学期は9月から)に本格的に始動する。募集は大きく分けて2コース。①高校卒業者を対象とした大学4年間の学士課程で、機械工学学科と、工業工学及びマネジメント学科②機械系学科の高専や短大卒業者を対象とした学士2年・修士2年の課程で、こちらは機械工学学科のみ。それぞれの定員は30人としている。
大学側は優秀な学生を集めようと必死だ。副学長や担当教授を含め2チームを編成し、福岡、鹿児島、大阪などの高校や大学を回って、学生たちに出願を呼びかけている。筆記試験はなく、過去の成績や学校からの推薦などを勘案して合格者を決めるという。
説明会では、来日した雲林科技大の担当者が、学生らの質問に丁寧に答えていた=東京都新宿区で2024年9月28日、鈴木玲子撮影
手厚いサポート体制で補講も
東京の説明会では、共催した「台湾留学101センター」の新良理輝(あらりき)代表が、台湾での生活や社会事情を紹介。台湾の大学を卒業した自身の経験を踏まえ「台湾の大学を目指すなら、授業は中国語なので、早いうちに中国語の学習を始めたほうがいい。授業の厳しさはあるが、語学と専門分野を身に付けることができる」と強調した。
会場からはさまざまな質問が出た。「9月に高校を卒業しますが、すぐにこのコースに入れますか」(高校3年生)。「日本の大学と重複してこのコースに通えないか」(大学3年生)。休み時間になっても担当者に質問する参加者が相次いだ。高校3年生の荒木岳道さん(18)は参加理由について「進学先として日本だけでなく、台湾の大学も選択肢の一つ。このカリキュラムに興味がある」と話した。
黄氏の来日はこれで3回目。施国亮主任、日本に留学経験がある陳芳如・副国際事務長と共に、各地を飛び回る。
施氏は、保護者から「中国語での半導体の授業に子どもがついていけるだろうか」と心配する声が寄せられたこともあると明かし、「不安はあるかもしれないが、学びたいというやる気があれば大丈夫。心配しないで挑戦してほしい」と語る。黄氏は「授業についていけそうにない場合は補講も行う」と手厚いサポート体制を強調する。TSMCと手を組んで鳴り物入りで始める大学側としても、脱落者は絶対に出したくないという思いがにじむ。
半導体産業が経済安全保障の上でも重視される中、産業を支える人材をいかに育てていくのか。TSMCの取り組みは今後も注目を集めそうだ。【外信部・鈴木玲子】
<※10月23日のコラムは熊谷支局の隈元浩彦記者が執筆します>