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毎日新聞2024/10/26 東京朝刊有料記事2002文字
23日、ロシア・カザンで開催されたBRICS首脳会議の行事で祝杯を交わす習近平中国国家主席(左)とプーチン露大統領(右)=AP
「枕戈待旦(ちんかたいたん)」は古くからの中国の成語で「戈(ほこ)を枕に旦(あす)を待つ」、つまり「戦いの準備を常に怠らない」という意味だ。中国福建省の沿岸に位置し、台湾が実効支配する馬祖島には中国と対峙(たいじ)していた蔣介石が駐留部隊に書いたこの言葉が巨大なスローガンとして掲げられている。
同じ言葉を宣伝に使ったのが対台湾作戦を担当する中国軍の東部戦区だ。14日に主要港の封鎖などを想定して実施した演習に合わせ、ネット上に「枕戈待旦」と題した動画を投稿した。
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最後の「旦」の字の「日」が丸く描かれ、横棒の代わりに赤い台湾本島の地図が中に入る。文字の上でも台湾を包囲したわけだ。さらに4軍の写真を配した4枚の宣伝ポスターも発表された。
10月10日の辛亥革命記念日で演説した台湾の頼清徳総統が「中華人民共和国は台湾を代表する権利がない」と発言したことなどに反発した演習とされているが、それにしては用意周到である。
中国軍は5月の頼総統就任式直後にも「台湾分離独立勢力」への「懲罰」として台湾を包囲する演習を実施した。「台湾独立工作者」とみなす頼総統の任期の間、機会を捉えて演習を常態化させる狙いがあるのではないか。
14日の演習翌日には習近平国家主席が、かつて省長を務めた福建省を訪れた。その後、安徽省のロケット軍部隊も視察した。偶然ではあるまい。
演習には沿岸警備に当たる海警局の船も参加し、馬祖島周辺をパトロールした。中台交流の象徴として中国側に直航する船が運航されている島でも再び緊張が高まり始めている。22日には約50キロ離れた牛山島の沿海で中国軍が実弾発射訓練を行った。
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「申し訳ないが、関税を引き上げると(習氏に)話す。150~200%だ」。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙に答えたのは来月5日の米大統領選投票に向けて民主党のハリス副大統領とのデッドヒートを続ける共和党のトランプ前大統領である。
「台湾の封鎖を中止させるために習氏をどう説得するか」という質問。「軍事力を行使するか」と聞かれると「その必要はない。彼は私を尊敬し、私がクレージーだと知っている」と付け加えた。
トランプ氏らしくまとまりのない話だが、軍事力を行使しなくても習氏が台湾侵攻や経済封鎖に踏み切ることはないと考えているのだろう。トランプ氏がニクソン元大統領流の「マッドマン・セオリー(狂人理論)」を信奉していることはよく知られている。
敵対する相手に「何をしでかすかわからない」と思わせることで抑止効果を高めるという理論だ。相手が予見できない報復を受けると恐れれば、攻撃や封鎖を踏みとどまるだろうというわけである。
有効か。ディール(取引)の天才を自任するトランプ氏がそれを貫くのか。疑う声もある。どこかで妥協すれば相手を喜ばせるかもしれない。
いずれにせよ中国も台湾も予断を許さない大統領選の行方を注視しているはずだ。ハリス氏なら政策も予想しやすいが、トランプ氏ではその出方が予測困難だからだ。
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「世界は新たな動乱と変革の時期を迎えた。不安定なままか、それとも平和的発展の道に戻るかの重大な選択を迫られている」。習氏は露中部カザンで開かれた「BRICS」首脳会議で訴えた。
中露とインド、ブラジル、南アフリカの新興5カ国で組織していたBRICSは昨年、イラン、エジプト、アラブ首長国連邦、エチオピアが加わり、トルコやタイなども加盟を求めているという。
ウクライナ侵攻で制裁を受け、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を出されたプーチン露大統領には孤立してはいないと内外に示す好機。30カ国以上が参加し、約20カ国の首脳が出席した。国連のグテレス事務総長も加わった。
中露は米主導の国際秩序に異を唱え、多極化世界の構築を訴えてきた。参加各国が一枚岩とは思えないが、国際秩序が揺らぎ、世界が不安定化しているという認識を共有する首脳は少なくあるまい。
戦争を好まず、就任すればウクライナ戦争をすぐに止めると言ってはばからないトランプ氏が返り咲きを果たせば国際情勢は一変しかねない。保険の意味で中露と協調する国もあるはずだ。
トランプ氏は中国製品への一層の関税引き上げを主張しつつ、「友人だった」と習氏との良好な個人的関係を強調している。一方で北大西洋条約機構(NATO)や日本など同盟国との安全保障協力は「金次第」の側面がある。台湾の安全保障への関与にも積極的とはいえない。
習氏はカザンでインドのモディ首相と5年ぶりに会談、プーチン氏にはウクライナの和平実現を求めたとみられている。トランプ氏復活もにらみ周辺環境を整える動きに見える。(第4土曜日掲載)
香港、北京、ニューヨーク、ワシントンに駐在し、中国政治や米中関係をウオッチしてきた。現在論説室特別編集委員。