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毎日新聞2024/10/24 05:30(最終更新 10/24 05:30)有料記事2607文字
一般社団法人「こたえのない学校」代表理事の藤原さとさん=本人提供
自分で選ばなくても、次から次へとお薦めの動画が出てくる動画配信サービスやユーチューブ。日常的に触れている今の子どもたちは、与えられることに慣れて受け身になっているのかもしれない。
加えて、将来の選択肢を広げられるようにと英語やプログラミングなどの習い事や自然体験まで、現代の子どもは忙しい。
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一方、近年の学校教育で導入が進んでいる探究学習は、自分で課題を見つけて取り組む姿勢を重視する。「コンテンツが降ってくることに子どもは慣れているので、1時間何もすることがないとつまらないと言い出す。でもそれでは主体性が育たないんですよね」
そう話すのは、探究学習を普及させるため教育者への研修を実施している一般社団法人「こたえのない学校」代表理事の藤原さとさん。現代っ子が、探究する力を育むにはどうしたらいいのか。藤原さんの実践から学びたいと考え、取材した。
「つまらない」と言った後に……
藤原さんには、現在高校2年生になる娘がいる。子どもが小学生だった頃を振り返って、「ぼんやりする時間を大切にしたかったので、習い事もあまりせず、ゆったりと過ごすように心掛けていました」。
テレビやユーチューブを脇に置いて、何もすることがない時間。それが、子どもが自主的に何かをやり始めるのには必要だという。
「最初はつまらない、と言っていても、しばらく放っておくと、そのうちに絵を描いたり、セミやチョウを捕ったり、料理を始めたりするんです。そういう時間が、自分の興味関心と向きあう時間になるので、意外と大事かなと思っています」
人工知能(AI)の進化で急速に変化する時代。将来が見通せない世界をどう生きていくか。「それには少なくとも、自分がどうありたいか、何が好きで何が得意かということを把握しながら歩いていく力が必要になるはずです」
年間100人の教育者が受ける研修
教育者向けのワークショップの様子=「こたえのない学校」提供
藤原さんと「探究」との出合いは、子どもの保育園時代にさかのぼる。通っていた公立保育園は自由保育だった。ずっと泥団子を作っている子もいれば、日に日に大きくなる砂場の町を作り続ける子もいた。運動会のリレーの順番やお遊戯会の配役も子どもたちが決めた。今振り返れば、そうした子どもたちの日々の遊びや活動こそが、探究だったと思う。
「小学校に上がっても、こういう学びを続けられないだろうか」。教育活動をしている人に会いに行ったり、本を読んだりして、教育方法を調べるうち、探究学習という分野があることを知った。
ただ知識を覚えるのではなく、自分たちなりの仮説を立て、情報を組み立てて、そこから意味を見いだす。こうした学習カリキュラムの進め方は、自分が仕事で取り組んできた新規事業開発やプロジェクトメーキングのプロセスとよく似ていた。
「私は教育の素人だけど、たくさんのプロジェクトを作ってきた。その経験を駆使すれば、子ども向けの探究プログラムを作れるかもしれないと思いました」
2013年から、社会の一線で新しい価値を生み出す大人と小学生が一緒になって探究するワークショップ型プログラムを開発・実践し、16年からは学校の教員など教育者への研修も行う。20年度から順次導入された現行の学習指導要領で探究が重視されたこともあり、現在は、年間で約100人の教育者が半年から8カ月にわたる長期の研修を受講し、参加者のコミュニティーは500人以上の規模となっている。その他にも、全国各地の学校や教育委員会、大学、企業での研修や講演を行っている。
「はて?」は、探究そのもの
探究とは、藤原さんの言葉でいうと「生き方そのもの」だ。9月まで放送されていたNHKの朝の連続テレビ小説「虎に翼」を例に出して説明してくれた。
日本初の女性弁護士となった主人公の寅子(ともこ)は、疑問や社会の理不尽に直面した時、「はて?」と口にする。「社会の現状に対して、問いや課題を感じて『はて?』と切り返し、何かできないかと行動に移していく。その姿こそが、探究かもしれませんね」
従来の学びは、教科書の世界に閉じていた。だが、探究の学びは、おのずと教科書の枠を超えていくし、社会に対する疑問も促していく。子どもたちが、教師に新しい視点をもたらしてくれたり、知らなかったことを教えてくれたりすることもある。探究学習における教師と生徒の立場はフラットである。「一旦この味をしめたら、戻れない」。そう表現する先生も多いのだとか。
何のために学ぶのか
一方で、藤原さんは、探究を教師が知識を教える従来型の学びと二項対立で語らない方がいいという。
「社会を変革するために学ぶという考え方があります。変革のためには、今の社会を正確に把握することが大事な側面もあります」
教育者向け研修で行った夏合宿の様子=「こたえのない学校」提供
例えば、伝統工芸なら、まず知識や技能を習得することが必要だ。それがベースとなって、新しい変革が起こせる。「基礎的なものを習得していくことは、社会変革のためにも必要なんですよね」
しかし、これからの時代、基礎的な知識の多くはAIに取って代わられるようになる。だとすれば、今のような知識習得に過度に偏重したカリキュラムは変わっていかなければならないともいう。
「現状の学校カリキュラムは、見通しがつきにくい未来に対する不安から、不確実な将来に対して全方位的に準備をさせようとして、どんどんやることが増えてしまっています。カリキュラムオーバーロードといわれ、経済協力開発機構(OECD)でも指摘されている世界的な問題です。しかし、習得すべき知識の総量をスリムにしていかないと、子どもたちが自ら考えて活動する時間が生まれません」
「どうしても大人は良かれと思って、たくさんのものを与えようとしてしまいます。でも、実は子どもたちが一番必要としているのは、想像を膨らませることができるぼんやりとした時間や、社会との健全なつながり、自ら動きだそうと思えるような心身の余裕、もしくは友達と家族との関係や自分自身のことについてじっくり考える機会です」
自ら問い、「はて?」と批判的思考ができ、アクションを起こせる子どもを育てることは、日本のアップデートにもつながる。そのために必要な余裕を、子育てにも、学校カリキュラムにも確保することが大切なのだと感じた。【デジタル報道グループ・大沢瑞季】
<※10月25日のコラムは社会部大阪グループの鵜塚健記者が執筆します>