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人生100年時代、いつまでも元気でいたいと誰もが思うことでしょう。しかし、その最大の敵の一つは脳の衰えです。とくに血管がボロボロになると、脳の老化を促進する原因にもなります。これを防ぐためのカギを握るのは「ケトン体」。食生活を180度転回し、ケトン体をうまく活用する食生活をすれば、思考もすっきり、いきいきとした人生を送る道が開けるのではないでしょうか。
「糖質を1割に」
食生活が脳の働きにいかに大切か、それをうかがわせるケースをまずはご紹介します。
東京都内に住む40代の女性には一人息子がいました。小学生のころから朝が起きられない、午前中ぼーっとして頭が働かないと訴えていました。
息子さんは太っていましたが、磁気共鳴画像化装置(MRI)などで調べてもとくに異常は見当たりません。女性にいろいろ聞いてみると、まともな食事を取らず、ポテトチップスやチョコレートとか、お菓子ばかりを食べていたそうです。
その後、女性は食事のあり方を徹底して見直し、お菓子は極限まで減らしました。朝は卵を必ず2個、さらに納豆を2パックずつ親子で食べるように。主食も白米でなく、五穀米に変えたそうです。
食生活を改善し、3カ月ほどたったころです。息子さんの体形がスリムになり、朝起きられるようになりました。集中力が高まり、午前中もきちんと授業を受けられるようになったといいます。そのおかげなのでしょう、志望する高校にも合格することができたそうです。
さらに、女性は栄養についても勉強し、糖質を制限するようにしました。栄養のバランスも、「たんぱく質4:脂質5:糖質1」に変更。家族でこれを徹底させたそうです。
3年がたち、息子さんは志望していた国立の歯学部に合格。その後、女性は僕のクリニックに来て、こう言いました。
「先生、食事ってすごく大事なんですね。実感しました。冴(さ)える脳をつくるのって、こういうことなんですね」
ケトン体もエネルギー源
糖質は、三大栄養素の一つ、炭水化物から食物繊維をのぞいたものです。食べものから摂取され、消化・吸収されて最終的にブドウ糖(グルコース)に分解され、エネルギー源として使われます。米や麺、パンといった主食などに多く含まれています。
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よく、脳は「ブドウ糖だけをエネルギーにしている」と言われますが、実はそうではありません。「ケトン体」もエネルギーにすることができるのです。
体はブドウ糖をエネルギー源にしています。あまったブドウ糖は「グリコーゲン」(ブドウ糖が結合した高分子)として肝臓や筋肉に、または中性脂肪として蓄えられます。ブドウ糖が足りなくなるとグリコーゲンが使われ、それでも足りなくなると、たんぱく質が分解され肝臓にたまったアミノ酸から合成されたブドウ糖、筋肉を分解して肝臓で作られたブドウ糖が使われます。
また、ブドウ糖が足りない状態の時は、脂肪(脂肪酸)からケトン体が作られ、これもエネルギー源として使われます。
もともとヒトは狩猟・採集をしていた期間が長く、たんぱく質と脂質が中心で、低糖質の食生活を送ってきたと考えられています。そして、それに適応し、耐えられるように体が作られているのです。今の時代のように、糖質が多すぎる食生活の方が異常であるとも考えられます。
必要以上にブドウ糖を摂取すると、中性脂肪や「AGEs」(終末糖化産物)になります。AGEsはたんぱく質に糖質がくっついたもので、老化の原因になります。血管内でAGEsができると動脈硬化が起こり、血流を悪くさせ、脳の機能を低下させます(米井嘉一医師の5月16日の記事「老化を早める「糖化ストレス」 防ぐポイントは?」を参照)。アメリカの著名な医学者、ウィリアム・オスラー博士も「ヒトは血管とともに老いる」と言っています。
精神科医で、認知症予防医の広川慶裕医師は著書「脳のスペックを最大化する食事」(ハーパーコリン・ジャパン)の中で、ヒト本来の栄養バランスについて、旧石器時代の人類が食べていた栄養バランス「たんぱく質2:脂質6:炭水化物(糖質)2」、できれば「3:6:1」が適正だと記していますが、僕も思い当たる節があります。糖質過多の食生活を改め、糖質を制限することでその後の生活が劇的に変化したケースを経験しているからです。
体重減とともに成績も向上
都内に住む40代半ばの男性は体格指数(BMI)が40以上と重度の肥満で、ドラム缶のような体形をしていました。話を聞くと、炭水化物中心の生活。甘い物が好きで、寝そべりながらテレビを見つつ、チョコレート1箱を軽くペロリ。ポテトチップス、ラーメン、うどんも大好き。食べては寝て、食べては寝ての生活をしていたそうです。
男性は頭がぼーっとしていてだるい。MRIで検査をすると、大脳白質病変といって、脳の深部に酸素が行き渡っていない状態であることが判明しました。
まずはダイエットをする必要があるといって男性を自宅にかえしたのですが、1カ月後、今度はクリニックにやってきた家族の姿をみて、とても驚きました。男性とその奥さん、中学1年の娘さん、小学6年の息子さんの4人でしたが、いずれもドラム缶のような体形をしていたのです。
話を聞くと、長女も長男も学校での成績が悪く、ばかにされているとのこと。奥さんは食事を作るのが面倒くさいと言い、食べたいだけ買ってきて家族に与える。ピザだったらLサイズを1人2枚、家族で計8枚買ってきて平らげると言います。
これではいけないと思い、知り合いの栄養士を紹介し、食生活を根本から見直してもらいました。すると、2年半ほどたった後、再び家族でクリニックにやってきたところ、別人と見間違うようにみんなスリムな体形になっていました。男性は100㎏超あった体重が60㎏台に、奥さんも半分くらいまで減ったと言います。4人とも肥満のせいで目の周りに脂肪が付き、小さくなっていたが目がちゃんと開くようになっていました。それまで営業成績が上がらず、上司に怒られてばかりいたという男性でしたが、成績も向上し、いまでは役職に就いたとのこと。娘さんは高校受験、息子さんは中学受験でそれぞれ志望校に合格したと聞きました。
一体、この家族に何があったのでしょうか。栄養士さんに尋ねると、徹底して「たんぱく質4:脂質5:糖質1」の食生活に変えたそうです。最初は「なぜ食べさせないんだ!」と家族と大げんか。しかし、しばらく食べるのを制限していると、胃が小さくなるのでしょうか、食べたいという欲望がピークを超えるようです。
すこしずつ実践してみて
これまでみた二つのケースのように、糖質を制限した食生活を実践し、長続きさせる上で大事なのは、寄り添って見守ってくれる人の存在(一つ目のケースでは母親の女性、二つ目のケースでは栄養士さん)です。それほどまでに糖質の誘惑は大きいのです。叱咤(しった)ではなく、励ますことがポイントだと思います。
もちろん、糖質をまったく取らないのは健康上、大いに問題です。厳しい制限はリバウンドの危険性もあります。ただ、栄養士さんによると、主食を抑えつつ、おかずを普通に取っていたら、たいていは1日に必要な糖質量を意識せずとも摂取できるそうです。
糖質大好き、とてもじゃないが無理!と思う人も少なくないかと。そこでお勧めしたいのが、糖質をゆっくりと減らす方法です。まずは、いま食べている糖質の量から5分の1を減らし、2カ月ほどやってみてください。慣れてきた、いけると思ったら、さらに5分の1減らし、1カ月ほどやってみるのです。徐々に、ゆっくりと減らし、成功体験につなげることが、長続きするコツではないでしょうか。
この原稿を書きながら、私もこれを実践してみようと思っています。さて、その成果はいかに。いずれ紙面でご紹介できたらと考えています。
写真はゲッティ
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工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。