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毎日新聞2025/11/2 07:00(最終更新 11/2 07:00)有料記事1682文字
早期のアルツハイマー型認知症などを診断する血液検査薬の測定機器=富士レビオ提供
アルツハイマー型認知症の新薬の登場から約2年。早期発見や早期治療に向けた取り組みが各地で始まり、従来より負担の少ない血液検査の技術も開発されている。ただ、認知症の疑いを指摘された人の精密検査受診率は低いのが課題だ。
費用や体への負担を軽減
認知症の早期発見を進める上では、脳の変化を客観的に把握するための指標が重要になる。そこで開発が進んでいるのが血液バイオマーカーだ。患者の脳内には、いずれも病気の原因物質とされる異常たんぱく質「アミロイドベータ(Aβ)」や「リン酸化タウ」が蓄積しており、血液中のこれらを解析する。中でもAβは発症の20~30年前からたまり始めるとされる。
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これまでは「アミロイドPET(陽電子放射断層撮影)検査」や脳脊髄(せきずい)液検査で診てきた。ただPET検査は3割負担で4万~7万円程度と高額で、脳脊髄液検査では背中の腰部分に深く針を刺すなど体への負担があった。採血ならこうした負担も減らすことができる。
検査大手の富士レビオが年内にも承認申請する、早期のアルツハイマー型認知症などを診断する血液検査薬=富士レビオ提供
富士レビオ(東京都)が承認を目指す血液検査薬は、5月に米食品医薬品局(FDA)が承認している。FDAの審査資料などによると、PETや脳脊髄液の検査結果と高い精度でほぼ一致していた。ただし一部の人で判定できない場合もあった。
国際アルツハイマー病協会は7月、医師による総合的な診断を前提とした上で、感度と特異度の両方が90%以上の血液検査薬を従来のPET検査などに代替できるとする初のガイドラインを公表した。
国内のガイドラインでは血液検査を行う場合、従来の検査も実施してAβの蓄積を判断することが推奨されているが、国際的なガイドラインも踏まえ、将来的には確定診断で用いられる可能性もある。
取材に応じる富士レビオ・ホールディングスの石川剛生社長=東京都港区で2025年7月10日午後4時2分、中村好見撮影
取材に応じた富士レビオ・ホールディングスの石川剛生社長は「米国で第1号として承認を得たのはマイルストーン(画期的な出来事)だった。今後使用が広がれば臨床データが積み重ねられ、検査の対象や用途が広がる可能性もある」と展望を述べる。
「革命的な一歩」と期待 「ショック大きい」とも
国立精神・神経医療研究センターの岩坪威(たけし)神経研究所長(神経病理学)は「血液検査は早期発見や治療につながることが期待され、革命的な一歩となる可能性がある」と期待を寄せる。その上で「治療薬は異常なたんぱく質の蓄積が少ない、より早期の人に効果を示す報告も出てきている。将来的にターゲットを絞っての検査などの可能性も期待できる」と語る。
アルツハイマー病患者らからは期待と不安の声が上がる。65歳未満の若年性認知症は疲れや更年期障害、うつ状態などと見分けがつきづらく、診断の遅れにつながるケースもあるとされる。
レカネマブの投与を受けている埼玉県の80代女性は「症状を自覚するのは難しい。家族だけでなく友人からも指摘されて、半信半疑で検査に行った。血液検査薬なら負担なく受けられるようになるのでは」と話す。県内の若年性認知症当事者らの集いの場「リンカフェ」では「診断のショックは大きく、仕事への影響もある。地域での当事者やその家族へのサポート整備と同時に進めていく必要がある」との声があった。
アルツハイマー病で脳内や日常生活はどうなるのか
無症状の人対象の研究も
富士レビオの血液検査薬は、兆候や症状のある人を対象とする診断補助での使用が目的だ。一方、発症前の超早期から血液を調べ、Aβの蓄積などを見つけて発症のリスクを予測する研究や、蓄積した人に薬を投与して「治療」を目指す臨床研究も進む。これらはあくまで研究途上だが期待も根強い。ただし、Aβの蓄積といったリスクが分かっても必ず発症するとは限らず、リスクの有無を発症前から伝えることの倫理的な課題もある。
無症状の人を対象に、将来の発症リスクを血液検査で把握することが実施された場合について、東京大の木矢幸孝助教(医療社会学)は「発症前にリスクを知ることは将来の備えになりうる一方、知ることで不安を感じる人も出てくる可能性がある。検査の正確性や支援体制について、検査の前後で丁寧に説明することが欠かせないだろう」と指摘する。【中村好見、寺町六花】