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毎日新聞2024/11/7 東京朝刊有料記事2430文字
<スコープ>
5日に投開票された米大統領選は、共和党のトランプ前大統領が民主党のハリス副大統領を降し、勝利が確実となった。トランプ氏が勝利宣言した。
自国の利益を最優先にする「米国第一」の復活である。世界の混乱がすぐに収まるのは期待薄だ。むしろ拡大する恐れがあるとみるべきだ。
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大統領選で外交が優先課題になることはほとんどない。今回も主要な争点は物価高など経済問題、急増した不法移民対策、人工妊娠中絶の権利など内政だった。
だからといって、軽んじられているわけではない。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘は米国にも重大な問題だ。とりわけ激戦州では大きな争点となった。
ウクライナ戦争では、ハリス氏がロシアは国際法に反したとして「ウクライナを全面的に支援する」と強調し、自由世界のリーダーとしての役割をアピールした。
トランプ氏は、ウクライナ支援を停止し、浮いた資金を困窮する国民への支援に振り向けるなどと主張した。自国の利益を優先する「米国第一」主義である。
ウクライナ系住民が全米で3番目に多い北東部ペンシルベニア州では、支援継続を望む声がある一方で、ハリス氏の外交手腕を疑問視する意見もあったという。
イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への無差別攻撃も世論を二分した。イスラエル寄りのバイデン政権の姿勢に批判が集まり、抗議活動が各地で起きた。
中西部ミシガン州には、民主党の支持基盤とされるイスラム系米国人約31万人が住む。一部はハリス氏にもトランプ氏にも投票しないボイコット運動を展開した。
不法移民も外交と無縁ではない。2022年までの5年で約7倍に増え、南部アリゾナ州などでは国境管理への不満が高まった。
トランプ氏は「米国の最大の脅威はロシアではなく不法移民」と訴え、不法滞在者の一斉摘発と国外追放を公約とした。
こうした論争は、政治や外交の現場を動かした。共和党主導の下院は十分な不法移民対策が講じられない限り、ハリス氏や民主党が求めるウクライナへの軍事支援を停止する強硬手段に訴えた。
一方、無差別攻撃を繰り返すイスラエルに欧州諸国が武器供与を止める中、米国は軍事支援を継続した。矛盾した外交姿勢は国内外の反発を増幅させた。
そこで国際社会は身構える。大統領選後も米国の不安定な政治状況は続き、それにトランプ氏が乗じて、より独善的な外交になるのではないか――。
米国は戦後の国際秩序の構築を主導してきた。中核を成す自由経済と民主主義は世界に広がった。自由貿易は冷戦後の中国やロシアにも繁栄をもたらした。
強大な軍事力は旧ソ連との核戦争を抑止し、第三次世界大戦への道をふさいできた。欧州とアジアの同盟ネットワークは地域の安定に寄与する公共財ともなった。
だが、それも今や限界だと国際社会は見ている。上院外交委員長や副大統領として長く外交政策を担ったバイデン大統領はロシアの侵攻を防ぐことができなかった。
市民を巻き添えにするイスラエルの攻撃を制止することができないばかりか、イランとの攻撃の応酬を許した。中東でのリーダーシップはそがれつつある。
自由経済と民主主義のほころびも隠しようがない。強大なライバルと位置付ける中国に対し、国家安全保障を盾に高関税を課す政策は超党派の支持を受けている。
バイデン政権は「民主主義の拡大」を掲げたが、失敗に終わった。米人権団体フリーダムハウスの調査では、世界の民主主義や自由は退潮の一途をたどっている。
20年大統領選のように開票を巡る混乱が今回も起きるなら、米国の民主主義の信頼性は大きく傷付くに違いない。国際的な威信は失墜するだろう。
米国主導の国際秩序に代わる新たな秩序を描く時代に入っている。役割を問われるのは、日本も同じだ。米国追従だけでは立ち行かなくなる。
軍事力を増強する中国や北朝鮮とどう向き合うか。抑止力の強化で対抗すると同時に、紛争を回避する外交を展開する必要がある。
「日本は中国との関係をこうしたい、と米国に主張し、説得すべきだ。同盟国でも米国と日本の利益が異なることはある」
日米関係に詳しい米国の政治学者は言う。戦略的な外交を構想すべき時に日本も来ている。
■ナビゲーター
行く先、「複合型」か「無秩序」か
米大統領選後の先に見える世界はどんな姿をしているのだろうか。
米アメリカン大のアミタフ・アチャリア教授(国際関係論)の「アメリカ世界秩序の終焉(しゅうえん)」(芦澤久仁子訳、ミネルヴァ書房=写真)は、戦後構築された民主的な「アメリカ世界秩序」は衰退し、代わって米国、中国やインドなどの新興国、さらに途上国などが相互に依存する「マルチプレックス(複合型)世界秩序」が出現すると予想する。
大国が1国で秩序を担うのは不可能であり、もはや覇権国家は存在しない。グローバルサウスも各国の国益にかなう形で独立して存在する。国際機関や非政府組織(NGO)も秩序に参加し、全体として安定を維持する。グローバル化の「終わり」ではなく、新興国の役割が増す「新しい形に生まれ変わる」というが、具体像は必ずしも明確ではない。
一方、「脱グローバル化」によって無秩序に陥るとみるのが、米国の地政学ストラテジスト、ピーター・ゼイハン氏だ。「『世界の終わり』の地政学」(山田美明訳、集英社=同)で「アメリカは世界から撤退しつつある」が、それに代わる国はなく「アメリカ主導の『秩序』が『無秩序』に道を譲ろうとしている」として世界の未来図を描く。
米国なしでは安全な海上輸送や国際決済システムが確保されず、人口減少と高齢化が進む中で国や地域は食料の自給自足やエネルギーの自力調達を強いられ、戦争も自国だけで戦う必要があると指摘する。日本や中国、欧州諸国を取り巻く環境は厳しくなると予測している。米国ではベストセラーになったが、極めて悲観的な要素が多く、賛否がある。