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毎日新聞2024/11/10 東京朝刊611文字
京都市で発見された1銭陶貨。富士山があしらわれている=大阪市で2024年10月9日、井手千夏撮影
貨幣の「貨」、財宝の「財」など経済に関する漢字には貝が頻繁に登場する。古代中国の殷・周王朝のころ、タカラガイが貨幣として使われていた。その後、農具や小刀を模した青銅の貨幣が登場する。そして、金属を鋳造した硬貨が世界の主流となった▲紙幣が中心となり電子マネーが普及しても、コインは銅、アルミニウムなど金属製が標準だ。だが、第二次大戦下の日本は、金属の代わりに陶製の貨幣を流通させようとしていた。その「陶貨」約50万枚が京都市で見つかり、造幣局に引き渡された▲歯科機器の製造・販売会社「松風」の倉庫にあった木箱から発見されたもので、系列会社が製造した。戦時中、金属不足対策として約1500万枚の陶貨が京都市、愛知県瀬戸市、佐賀県有田町で作られたが、京都で見つかったのはこのうち「1銭陶貨」。市中に流通させる前に終戦を迎えたため、ほとんどが粉砕・廃棄されたとみられていた▲国家総動員法の下で金属類や皮革などの使用が制限されたため、陶磁器や紙などによる代用が広がった。代用品の民生品への普及は、戦時中を象徴する暮らしの変化だった▲貨幣も経済への信用があれば、材質を問わずに流通し得る。とはいえ、陶貨が終戦間際まで具体化しなかったのは、社会心理に与える影響も考慮したためだろうか▲来年は戦後80年にあたる。直径15ミリの陶貨は、両面に富士と桜花のデザインがあしらわれている。存亡の危機にあった国家の姿が、背後に浮かび上がるようだ。