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毎日新聞2024/11/12 東京朝刊有料記事1035文字
<ka-ron>
「カマラ、君はクビだ!」
トランプ次期米大統領がカマラ・ハリス副大統領との選挙戦で繰り返した決めゼリフである。
そのトランプ氏が大統領選で勝利を収めた5日、イスラエルではネタニヤフ首相がガラント国防相を解任した。反発した市民数千人が国内数十カ所で大規模なデモを展開し、異様な空気に包まれた。
ガラント氏は経験豊かな軍人だ。強硬派ではあるが、極右の現政権閣僚の中では穏健な存在だった。首相によれば、信頼関係を持てなかったという。一方、解任を受けてガラント氏も動画を発信し、首相との対立点を明らかにした。
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余談だが、イスラエル社会はいわゆる典型的なタテ社会ではない。「顔色を見て押し黙る」くらいなら、「対立を恐れず率直に語る」ことに重きを置く傾向がある。
ガラント氏は動画の中で、昨年10月7日から続く、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの戦闘に絡み、三つの「意見の相違点」があったと語った。まず首相が求める戦闘継続より、一部妥協を強いられても人質の解放を優先すべきだと主張してきたこと。また長引く戦闘で兵員不足が深刻化する中、現政権が継続を望むユダヤ教超正統派への徴兵免除をとりやめ、兵役を課すべきだと考えたこと。昨年10月のハマスによる攻撃を許した原因を、調査委員会を設けて調べることも必要だと訴えた。
だが首相にしてみれば、いずれも「命とり」になりかねない話だった。彼が首相でいられるのは連立政権を支える宗教極右のおかげ。彼らは人質解放よりハマス壊滅を、そして何よりユダヤ教超正統派の兵役免除の継続を求めている。ハマスによる攻撃を防げなかった「原因究明」も論外だ。
ネタニヤフ氏は宗教極右勢力の利益を守る限り、首相でいられる。だが最近の国内世論調査によれば、市民の目には「首相は人質より自分の政治生命を優先している」「ガラント氏だけが唯一まともな閣僚」と映っていた。その中での解任劇。しかも新任の国防相は軍の経験が乏しい。怒りと不安が大規模なデモにつながったようだ。
ちなみに米ワシントン・ポスト紙などによると、ガラント氏は「バイデン政権との軍事面での窓口」で、米高官は首相よりガラント氏に「連絡を取ることを選んだ」という。どこの世界もそうだろうが、人望を集める人の「排除」には、嫉妬の影がちらつく。
トランプ氏再登板の気配が高まる中、バイデン政権の「お気に入り」がクビにされた――。そんなふうにも見えてしまう。(専門記者)