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毎日新聞2024/11/18 東京朝刊632文字
沖縄県大宜味村で舞われた「芭蕉」©公益社団法人能楽協会
「暑いときには芭蕉布(ばしょうふ)に限ると云(い)う/母の言葉をおもい出したりして/沖縄のにおいをなつかしんだものだ」。山之口貘の詩「芭蕉布」の一節だ。母から送られた芭蕉布を着物に仕立てたが、一度も着ないうちに「二十年も過ぎて今日になったのだ」と続く▲着惜しみではなく、質に入れたり出したりしていたため、というのがおかしくも切ない。芭蕉布はバナナの仲間である多年草の糸芭蕉の繊維から作られる織物で、軽くて涼しい。琉球王国時代からの工芸品だ▲戦前、沖縄を訪れた民芸運動の提唱者、柳宗悦は「今どきこんな美しい布はめったにないのです」「正直な着実な又極めて本筋な仕事を見せてくれます」とその価値を称賛している▲だが、沖縄戦で糸芭蕉も被害を受け、戦後は米軍によるマラリア対策で切られるなどしてほぼ途絶えてしまったという。復興と伝承者育成に尽力したのが、一昨年亡くなった大宜味村喜如嘉(おおぎみそんきじょか)出身の平良敏子さんだった▲本土復帰後の1974年、「喜如嘉の芭蕉布」が国の重要無形文化財に指定されて今年で50周年。先週は大宜味村で能「芭蕉」が、喜如嘉の芭蕉布をまとって上演された。那覇の県立博物館では来月1日まで特別展が開催中だ▲工程は糸芭蕉の栽培から始まる。来月からの収穫を控え、喜如嘉などが先週、記録的な豪雨に見舞われた。影響が気がかりだ。文化財を守るということは、戦争や災害から人々の暮らしと環境を守ることなのだと、あらためて考えさせられる今の世界である。
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