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毎日新聞2026/2/19 18:46(最終更新 2/19 21:57)有料記事2266文字
iPS心臓(右)と拍動するiPS心筋シート=大阪府吹田市の大阪大で2024年9月30日、滝川大貴撮影
ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授がマウスで人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立してから今年で20年。節目の年に治療につながる再生医療製品が承認される見通しとなった。巨額の研究費が割り当てられ、承認制度も新設されるなど手厚い支援が続いてきた。後続の研究も複数あるが、投資に見合う状況になっているのか。
異例のスピードで国費投入
お金の使い方と戦略が賢ければ、もっと早く産業化できた――。人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来の再生医療製品の実用化は、日本が世界に先駆けることになった。異例のスピードで巨額の研究費を投入するなど国を挙げた支援の成果だが、専門家は集中投下した故の「抜け落ちた研究」の存在を指摘する。
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iPS細胞研究をめぐる主な出来事①
2006年8月、京都大の山中伸弥教授らは、マウスの皮膚細胞から体のさまざまな組織に分化できるiPS細胞の作製に成功したと発表。翌年11月にはヒトのiPS細胞作製と続き、世界に衝撃を与えた。患者自身の細胞からつくったiPS細胞を用いれば、移植しても拒絶反応の心配がないと考えられ、医療界に期待が広がった。
政府の動きは早かった。1カ月後の07年12月には、文部科学省が研究支援を含めた「総合戦略」をまとめ、臓器再生に向けた技術開発のロードマップも盛り込まれた。08年度には第2期の「再生医療の実現化プロジェクト」をスタート。京大、理化学研究所、慶応大、東京大の4拠点に5年間で総額217億円を投入した。経済産業省なども08~13年度、幹細胞の大量製造や創薬に向けた産業分野の支援として総額約55億円のプロジェクトを実施した。
京大も10年4月、学部と同等の「iPS細胞研究所」(CiRA)を開設。山中教授が所長に就き、研究推進を図った。
山中教授が12年12月にノーベル生理学・医学賞を受賞するとさらに研究への支援は手厚くなる。同月に発足した第2次安倍政権では、再生医療を「成長戦略」の柱の一つに位置づけ、支援を加速。13年1月に10年間で1100億円の研究支援を決定し、14年には再生医療製品の早期の承認を優先して、条件や期限を付けた上で有効性を市販後に検証できるように法整備も行った。
ヒトiPS細胞作製が発表された当時、文科省ライフサイエンス課長だった菱山豊・順天堂大特任教授は「ノーベル賞受賞前から政策的に支援できた研究分野は、科学政策では前例がないだろう。同時代的に政策がイノベーションに結びついている感覚があった」と振り返る。
日本と海外の違い
政府の支援は一定の成果を生む。14年9月、理研の研究チームが目の難病を対象にした臨床研究で、iPS細胞から作製した細胞を世界で初めて患者に移植。チーム代表者は英科学誌「ネイチャー」で、科学分野で話題を集めた「今年の10人」に選ばれた。この他、患者のiPS細胞から病態を再現して効果のある薬を探す「iPS創薬」の研究も進んでいる。
iPS細胞を活用した再生医療の主な臨床研究や治験
研究のコスト低減と迅速化には、CiRAが事前にiPS細胞を備蓄して研究機関に渡す「ストック事業」も貢献。文科省の支援プログラムの柱の一つで、13~17年度に約82億円が投入された。大阪大発ベンチャー「クオリプス」の心筋シート「リハート」や、住友ファーマのパーキンソン病治療薬「アムシェプリ」の開発につながる治験でも備蓄細胞が使われた。
慶応大の岡野栄之教授は「(ヒトに初めて投与する段階を指す)ファースト・イン・ヒューマンを多くの臨床研究で世界に先駆けてできたのは、誇れること」と話す。一方で海外勢の多くはゲノム編集などの新技術も組み合わせ、他人由来の細胞の移植後に免疫抑制剤を少なくできるなど、より臨床で使いやすくした新しい幹細胞を使う。対する日本勢はストック事業で備蓄された細胞の利用が中心だ。
岡野教授は「国によるストック事業のおかげで良いスタートを切れたが、産業化を見据えて、フレキシブルに研究対象を選択しないと実用化が遅れかねない。新しい技術も組み合わせた研究が必須になる」と指摘する。
臨床と研究、戦略の溝埋まらず
iPS細胞研究をめぐる主な出来事②
医薬品市場のグローバル化が進んだ現在、国内で育った再生医療製品が海外展開できるかは、臨床での使いやすさが鍵となる。08年に選定された4拠点の大学の一つで中心的存在だったある研究者は「我々が開発したシーズ(製品の種)に見向きもしてくれない」と嘆くが、海外企業にはそもそも見切られている可能性もある。別の拠点大学の研究者は「ストック事業で備蓄されたiPS細胞に固執しすぎた面があった。臨床を目指す日本勢は、新しい技術の導入に向けた応用研究が抜け落ちてしまった」と話す。
CiRAと武田薬品工業の連携事業「T―CiRA」は今年3月、当初から予定していた10年間で連携を終える。研究費は約200億円に上り、論文66本の発表などの成果を残した一方、具体的な新薬にはつながらなかった。同社のある研究員は「CiRAでは備蓄細胞に縛られることが多かった。実用化が見通せない中で連携事業終了は当然の選択」と切り捨てる。
再生医療の研究や政策に詳しい研究者は「臨床で細胞を使う側の戦略と、研究する側の戦略に溝があり、20年間では埋まらなかった」と指摘。岡野教授は「今回は日本が先行したものの、今後は海外製品が次々と出てくる。医療現場で使いやすいものが最終的には選択されるだろう。日本単独での開発にこだわらず国際連携を進め、勝者のチームに日本勢も加わっているという状況を目指す段階だ」と語る。【荒木涼子】