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毎日新聞2024/11/19 東京夕刊有料記事909文字
ビルケナウ強制収容所跡地を案内してくれた博物館公認ガイドの中谷剛さん=10月13日、小国綾子撮影
ポーランドにあるアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所跡の国立博物館を、この秋訪れた。案内してくれたのは同博物館の公認ガイド、中谷剛さん(58)。約300人いる同博物館公認ガイドで唯一の日本人だ。
昔はガイドのほとんどが収容所からの生還者だったそうだ。でも、今は一人もいないという。「語り部」に頼らず、いかに戦争の記憶を継承するのか。日本が抱える課題へのヒントを、中谷さんの「語り」に見いだしたかった。
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中谷さんはまず、ホロコーストの背景を丁寧に語った。第一次世界大戦後、多額の賠償金に苦しむドイツで、ユダヤ人への妬みや偏見が増長していったこと。ナチスは民主的な選挙で選ばれ、国民に支持されたこと。「日本はナチス・ドイツの同盟国でした」。彼の言葉が重く胸に響く。
印象的だったのはその冷静で淡々とした語り口だ。決して情に訴えない。体験していない者として、生還者らの証言を正確に、丁寧に伝える。来場者が涙を流すだけでおしまいにさせない強さがある。一人一人がしっかり考え、声を上げ続けなければ、歴史は繰り返されるのだ、と胸に迫ってくる。
私は彼の語りに、日本の「今」を連想した。社会に広がる剥奪感。生活保護受給者たたきや在日コリアン、クルド人らへのヘイトスピーチ。あるいは世界で起きている争いについても。
ユダヤ人のみならずポーランドの政治犯、精神障害者や同性愛者、少数民族ロマらも収容された、という中谷さんの説明に、日本語ツアー参加者同士でも語り合った。日本の難民受け入れの少なさや同性婚、ハンセン病国家賠償請求訴訟など。全部地続きだよね、と。
博物館ではさまざまな言語のツアーが行き交う。真剣な表情のドイツ人の若者らとユダヤ人の若者らがすれ違うことも。ドイツとポーランドの若者が宿泊し、交流する施設もあるという。ともに学び、対話することは、歴史修正主義にあらがう力にもなるだろう。
中谷さんの尊敬する元館長で収容所生還者の故カジミエシュ・スモレンさんはドイツ人の若者たちにこう語りかけたそうだ。「あなた方に戦争責任はないが、なぜ起きたか考え、二度と繰り返さない責任はある」。今を生きる者への宿題だ。(オピニオン編集部)