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毎日新聞2024/11/21 東京朝刊有料記事2553文字
難病について知ってもらおうと駅ビル内で啓発活動をする難病患者ら=北九州市小倉北区で2024年5月11日、成松秋穂撮影
患者は多くないものの、発症の仕組みが分からず治療法も確立されていない病気は世界に数千種類あるとされる。そうした希少疾患の患者を支えることを目的とした難病法が、来年1月で施行10年を迎える。医学の進歩で患者の生活が向上する中、支援のあり方も変わりつつある。一人一人のニーズに合わせた取り組みが必要だ。
増大する医療費助成
日本の難病対策は1970年代に始まった。患者数が少ないと治療法や薬の開発が滞りがちで、十分な医療支援を受けにくい。そこで国が医療費を助成し、福祉サービスを提供することにした。
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しかし、当初は根拠となる法律がなく、対象疾患も限られていた。制度を安定させ支援を手厚くしようと制定されたのが難病法だ。
医療費助成の財源には消費税収入が充てられる。「治療法が未確立」「客観的な診断基準がある」など五つの要件を満たす病気が、助成対象の指定難病とされた。法施行前は56疾病だったが、現在は341疾病に増えている。
大動脈解離や失明の危険がある遺伝性疾患「マルファン症候群」は、法施行後に指定された。患者の関良介さん(68)は「緊急手術を何度も受ける人もおり、負担が抑えられるのは助かる」と話す。
課題となっているのが助成額の増大だ。患者数を上回るペースで膨らみ、年1000億円を超えた。2015~23年の増加幅は、患者数が15%なのに対し助成額は63%だ。
近年、効果の高い高額な治療薬が次々と登場していることが背景にある。疾患によっては1回の投与で数十万円する薬もある。
指定難病は、最新の知見を踏まえ数年ごとに追加されてきた。これまでに除外されたケースはない。
ただ、法施行から10年近くたち、患者数や治療環境が大きく変わった病気もある。厚生労働省は今年、各疾患が指定の要件に合っているかどうかの点検に着手した。
要件の一つに「患者数が人口の0・1%程度に達していない」ことがある。現在は約12万人に相当する。
焦点になったのが、14万人以上が助成を受けているパーキンソン病と潰瘍性大腸炎の扱いだ。高齢化や生活環境の変化などで患者は今後も増えると見込まれ、指定を続ければ公費支出はさらに増える。
だが、指定が取り消されると、患者が受診をためらい症状を悪化させるケースも出かねない。厚労省は「今のところ除外の予定はない」と説明するが、患者の間には「いつか自分の病気が対象から外れるのでは」との懸念が根強い。
難病法は、軽症と診断された患者には医療費を助成しない制度になっている。施行前に助成を受けていた場合は3年間の経過措置期間が設けられたが、終了とともに約2割の人が対象から外れた。これに患者団体などが反発した経緯がある。
日本難病・疾病団体協議会は今年3月、人数に関わらず長期療養が必要な全ての患者が支援を受けられるよう、国に要望書を出した。吉川祐一代表理事は「治療研究の遅れ、差別や偏見など、患者の置かれた状況を総合的に考慮して、対策の充実を図ってほしい」と訴える。
就労の壁解消が急務
医療の進歩で、完治はしなくても健康な人と変わらない日常生活を送り、長生きできる難病患者が増えている。その結果、ニーズが高まっているのが就労への支援だ。
「若い人が発症しやすく、特に初期は症状が安定せず重い。就職で苦労する患者はたくさんいる」。潰瘍性大腸炎を患う仲島雄大(ゆうた)さん(57)は、そう語る。
社会人4年目で発症し、治療と仕事の両立ができず転職を余儀なくされた。その経験を踏まえ、患者支援のNPO法人「IBDネットワーク」の理事として企業への要請など仲間の就労先を広げる活動に奔走する。就職活動の手引「わたしのトリセツ」を作成し、今月配布を始めた。
難病患者は、障害者総合支援法の支援対象になっている。職業相談などのサービスを受けられ、採用した企業に助成金が出る制度もある。
だが、障害者手帳は、症状に波があると認定を受けにくいといった事情から、約6割しか取得していない。事業者には法律で障害者雇用が義務付けられているが、対象は手帳の所持者に限られる。多くの難病患者にとっては、就職の壁になっている。
聞き慣れない疾患名が多く病気への理解が進んでいないことも、企業が雇用に二の足を踏む要因とみられる。求職中の人の6割が選考で差別を感じたとの調査結果もある。
国は全国のハローワークに「難病患者就職サポーター」を配置し、伴走支援する制度を設けている。しかし大半の県では1人しかおらず、実効性の乏しさも指摘される。
通院などへの配慮があれば、フルタイムで働ける難病患者は多い。国は偏見をなくす啓発に力を入れるべきだ。
重い病気を持つ子どもへの対応も、課題になっている。
小児医療では、指定難病とは別に「小児慢性特定疾病」への助成制度がある。難病法制定時に児童福祉法が改正され、今の仕組みになった。
指定難病と異なり、患者数などの要件がない。このため対象は難病法の倍以上の788疾病に上る。
小児慢性特定疾病の子は9割以上が成人まで生きられるようになった。しかし、指定難病以外の患者は20歳で支援がなくなる。成人の診療科に移る際、診てくれる医療機関が見つからなかったり、情報の引き継ぎが不十分だったりする問題も起きている。
厚労省は、関係機関の調整や患者の自立支援に当たる「移行期医療支援センター」を最低1カ所置くよう、各都道府県に促している。だが、人員確保の難しさなどから開設は10カ所にとどまる。
子どもが病気を抱えながら成長していくには、自治体、病院と診療所、学校などの連携が欠かせない。財政面を含め国のバックアップが必要だ。
あらゆる世代の難病の患者が安心して暮らせるよう、実態に合った支援体制を構築することが求められる。
■ことば
難病法
正式名は「難病の患者に対する医療等に関する法律」。難病の治療研究を進めると同時に、患者の医療費を公費助成し、治療しながら社会参加できる支援を進めるとしている。患者は所得に応じ、医療費の自己負担が月3万円以下に軽減される。助成がない軽症の人も福祉サービスなどは利用できる。今年度から難病患者であることを示す登録者証が発行されるようになった。