|
毎日新聞2024/11/22 東京朝刊有料記事1000文字
<kin-gon>
仏学術団体アカデミー・フランセーズ(AF)はパリ・セーヌ川左岸のドーム型建物にその本部を置く。マクロン大統領がここを訪れたのは今月14日午後である。仏語辞書「アカデミー・フランセーズ辞書」第9版の完成を祝うためだった。
AFはルイ王朝期の1634年、文化・芸術を重視する宰相リシュリューによって設立された。辞書を作成し、仏語を標準化して後世に残すことが目的である。
Advertisement
最初の版が出版されたのは94年で、今から330年前だ。18世紀の市民革命やその後の混乱、20世紀の大戦を経ても、断続的に編集されてきた。第8版完成は戦間期の1935年である。
86年に第9版の編集がスタートし、38年の歳月をかけて先ごろ完成した。最後の見出し語は、「ずうずう」など睡眠中の寝息を表す「Zzz」だった。
この辞書についてさっそく問題点が指摘されている。編集にたっぷりと時間をかけるため、社会の急速な変化に対応していない。
フランスは2013年、教会の反対を押し切り同性婚を認めているのに、「Mariage(結婚)」について従来通り、「男性と女性が夫婦になること」と説明している。「M」を頭文字とするページの編集は13年以前に終わっていたためだ。
インターネットの普及などで、外国語起源の言葉が大量に仏語に加わった。第9版に収められた見出し語約5万3000のうち約4割は新収録である。
それでも言語の増加に追いつかず、ネット辞書などに収録されている「Vlog(動画版ブログ)」「Smartphone(多機能携帯電話)」「Emoji(絵文字)」などは未収録である。
「努力は称賛するが、編集に時間がかかり過ぎて役に立たない」。そうした言語学者からの批判をよそに、AFは第10版の制作に向けた協議を始めている。
言葉は常に揺れ動き、時間とともに変化する。「だからこそ各時代における言葉の意味や使い方を確定しておくべきである」との信念がAF内で共有され、政府もそれを支持する。
国を代表する学術団体が400年近くも辞書を編集し続けてきた。「自国語はフランスの文化、伝統の基礎だ」との考えがある。
完璧な辞書はあり得ない。18世紀の英辞書編集者、サミュエル・ジョンソンも言っている。「辞書は時計のようなもので、最悪のものでも何もないよりはましだ。また、最良のものでも絶対的な正確さは期待できない」(論説委員)