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毎日新聞2026/3/13 10:00(最終更新 3/13 10:00)有料記事2218文字
京都大阿武山観測所=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
大阪平野を見下ろす高台に建つ京都大阿武山観測所(大阪府高槻市)が、開設からまもなく1世紀を迎える。日本を代表する地震観測所として地震学の発展を支えたが、近年は閉鎖の危機にあった。そうした中、地震学と市民をつなぐシチズンサイエンスの「ある挑戦」が、歴史的施設を再び息づかせている。
白壁にはめ込まれた円窓に、円柱が並ぶらせん階段。足を踏み入れると昭和初期にタイムスリップしたようだ。
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飯尾能久・京都大名誉教授=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
「見えにくいところに工夫を凝らした奥ゆかしい建築」。京大生時代から観測所に通う前阿武山観測所長の飯尾能久・京大名誉教授(68)はこう評する。世界中から当時最先端の地震計を集め、それらを硬い岩盤の上に置くため、床が掘り下げられている。観測所は大阪府の「注目すべき近代化遺産」に選ばれている。
開かれたサイエンスミュージアム
京都大阿武山観測所のらせん階段。高さ約30メートルの塔を上ることができる=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
2月末、市民ボランティア「阿武山サポーター」の中村彰さん(78)が、6人の犠牲を出した2018年の大阪北部地震(M6・1)について説明していた。「(高槻)現代劇場(現・高槻城公園芸術文化劇場)のところらへんの地下約13キロを震源に起きまして、まだまだ知られていない断層があるんやなあということがわかりました」。来館者の反応をみて地元の話題も織り交ぜた。
1930年に開設された観測所は現在、年間2000人が訪れるサイエンスミュージアムとして市民に開かれている。21年にNPO法人を設立し運営を移管、理事長には飯尾さんが就いた。
阿武山サポーターは豊富な知識で、一般見学会や出前講座の講師役を担う。それに対し、ミュージアム側は飯尾さんの地震学の講義や、京大教員らによる最新の成果についての講演などでサポーターの学びを支援してきた。
阿武山観測所の2代目所長、佐々憲三が考案した「佐々式大震計」。大地震で生じる長周期の揺れを観測できるのが特徴で、大きな水平振り子を使って、ドラムに巻かれた紙に波形を記録する=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
だが、順調だったわけではない。旧式の地震観測所は次々に姿を消しており、阿武山でも09年ごろに廃止論が浮上。飯尾さんと災害リスクコミュニケーションが専門の矢守克也京大防災研究所教授が新たな可能性を模索する中で、浮上したのがサイエンスミュージアム構想だった。
始動直前に東日本大震災
ところが、始動を翌月に控えた11年3月、東日本大震災が起きた。矢守さんは「地震学と社会との間に圧倒的な風通しの悪さ、『壁』があった。巨額の予算をかけても巨大地震を予知できず、『科学は人を幸せにするのか』という問いが、地震防災の領域で顕著化したのが、東日本大震災だった」と総括。そのうえで「膨らんだ地震学への社会不信を克服するためにも、ポジションを変革するような何かが必要だった」と話す。
鹿児島・桜島にある京都大防災研究所火山防災研究センターが噴火で被災した場合に備え、阿武山観測所に移して保存している観測データ=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
そこで着目したのがシチズンサイエンスだった。
ミュージアムを拠点とし、市民を巻き込む大規模な観測計画「満点計画」は、山陰や近畿の内陸地震発生域に、1キロという非常に密な間隔で地震計を配置し、地震が起きる前から連続的な観測データを取得する試みだ。阿武山サポーターには、用地交渉や地震計のメンテナンス、データ解析の一部を担ってもらった。
「みんなで翻刻」の活動について説明する加納靖之・東京大地震研究所准教授=2026年2月12日午後5時43分、垂水友里香撮影
主導した飯尾さんが生涯を内陸地震研究に費やすと決めたのは95年の阪神大震災だった。古里の兵庫県明石市は大きな被害を受け、「前兆探しではだめで、地道にメカニズムの解明をしないといけない」と心に刻んだ。
08年から京大退官までの14年間で精密な観測データが得られた。内陸地震前にどのくらいのひずみをためていたかを測定することで、地震が起こりやすい地面の条件が次第に分かってきた。飯尾さんは「地震学者だけでは到底不可能だった」と阿武山サポーターら市民の協力に感謝する。
平時こそ地震学と関わりを
京都大阿武山観測所で地震計の説明をする阿武山サポーターの中村彰さん(中央)=大阪府高槻市で2026年2月22日、中川祐一撮影
もう一つ、地震学のシチズンサイエンスとして注目を集めるのは、京大古地震研究会が17年に始めた市民参加型の地震史料の翻刻プロジェクト「みんなで翻刻」だ。
「翻刻」とは、崩し字を読みやすい楷書に直してデータとして扱いやすくする作業で、古い時代の地震研究に欠かせない。26年1月末現在で、延べ1万1500人以上が参加し、史料3422点約5500万字の翻刻を完了した。
東京大地震研究所の加納靖之准教授は「地震学は地震発生直後に関心が集まり、研究者はメカニズムを解説するが、伝えられることは限られる。平時こそ地震学と関わり、予測精度や研究の中身を知ってもらうことが重要だ」と話す。
阿武山サポーターにはこれまでに延べ約2000人が参加し、関わる人の背景もさまざまだ。中村さんは石油会社を定年退職後に加わり、14年がたつ。「周りはどんどん施設に入っていかはる。元気でいられるよう、ここで預かってもらっている」と笑う。
地震計工作室やアマチュア無線の基地局、緑豊かな庭――。阿武山観測所でシチズンサイエンスが根付く理由について矢守さんはこう語る。「長年仕事中心の生活を送る中で『人生の忘れ物』みたいな趣味を伸ばせると思って活動してくださる方も多いのではないか」【垂水友里香】
シチズンサイエンス
職業科学者ではない、一般市民によって行われる科学的活動。データの収集や分析に参加することで、科学研究を支援したり、科学的成果を共に生み出したりする。歴史的に天文学や生態学で行われてきたが、近年さまざまな学術分野で導入され、世界的に広がりつつある。代表例として、銀河を分類する天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)」や、野鳥の観察結果を記録・投稿する「eBird(イーバード)」がある。