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持病の狭心症の検査で偶然、こぶし大のがんが見つかった。日本のがんで最も死亡数が多い肺がんだった。松本さんは当初、手術を受けたが、4年後に再発。抗がん剤治療を始めた。がんは小さくなったが、手足がしびれ、力が入らなくなっていった。抗がん剤の副作用だった。「治療を続けられるのか」と絶望的になった。
松本さんの主治医が、肺がんでの承認に向けてオプジーボの効果を確認する治験参加を提案したのは、そんな時だ。松本さんは「この薬に懸けよう」と決断。今も2週間に1度、オプジーボの点滴を受ける。
オプジーボは大人(体重60キロ)が一般的な使い方をすると年間の薬剤費が約3500万円と高額になるが、治験の松本さんには自己負担はない。1センチほどだったがんは、画像診断でほぼ見えなくなった。目立った副作用もない。
今年1月末、妻(65)が白血病になり、現在も入院中だ。松本さんは「心からホッとしている。まだまだ死ねない。妻のためにも」。
オプジーボは、がん細胞を直接攻撃する従来の抗がん剤とは異なり、免疫細胞が体内に侵入するウイルスや病原菌などを攻撃・排除し、病から守る仕組みを使う。その薬ががんの臨床医たちを驚かせた。一部のがんで、従来薬を上回る治療成績が確認されたからだ。
3月、大阪市で開かれた日本再生医療学会のシンポジウム。会場に準備した200あまりの座席では足りず、立ち見が出るほどの聴衆が集う中、壇上に登った日本がん免疫学会理事長の河上裕(ゆたか)・慶応大教授が語った。「(オプジーボが登場する前の)がん免疫療法は十分な効果がないと考えられてきた。だが時代は変わった。がんが進行し、治療法がなかった患者にオプジーボは明らかに効いている。これは驚異的だ」
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2人に1人ががんになる「がん大国」日本。国内のがん医療の向上を目指し、2006年にがん対策基本法が成立した。それから10年で何が変わり、次の10年で何を変える必要があるのか。第1部は、高い効果が期待できる一方、治療費の高額化など課題も見えてきた抗がん剤の今に迫る。