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毎日新聞2024/11/29 東京朝刊有料記事4012文字
11月の米大統領選、兵庫県知事選の結果は、SNS(ネット交流サービス)の影響力の強さを示した一方、新聞やテレビといった従来の「伝統メディア」への信頼性の低下と、世論の「分断」が進んでいることも印象づけた。メディアはどうあるべきか。日米のメディア状況に詳しい2人に聞いた。【聞き手・斎藤良太】
報道にも「双方向性」必要 山脇岳志・スマートニュース メディア研究所長
兵庫県知事選では、県議会の不信任決議を受けて失職した斎藤元彦知事が当選し、7月の東京都知事選も政党の支援を受けなかった石丸伸二・前広島県安芸高田市長が次点になりました。いずれの選挙もSNSや動画投稿サイトが選挙結果に影響したとみられ、その背景には、新聞やテレビといったマスメディアへの不信の高まりがあると考えられます。
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昨年3月、我々の研究所は学識経験者とともに、国内の有権者を対象に「スマートニュース・メディア価値観全国調査」(SMPP調査)を実施しました。新聞、テレビといったマスメディアへの信頼度を聞くと「とても・まあ信頼」の回答が68%を占めました。米国での今年9月の同種の調査では31%にすぎず、日本では米国に比べてマスメディアへの信頼度はまだかなり高いと言えます。
しかし、年代別では、60歳以上が81%、40~59歳が71%、18~39歳は56%と、若い世代ほど信頼度が下がる傾向でした。また「できることならニュースを見ずに過ごしたい」と答えた人の割合は若い世代ほど多く、18~29歳では16%を占めました。そうした「ニュース回避」傾向がある人のうち60%がメディアを信頼していないことも分かりました。
兵庫県知事選では、若年層の支持が斎藤氏に集まったことが各報道機関の出口調査から分かっています。読売新聞の出口調査では、投票の際に最も参考にした情報として「SNSや動画投稿サイト」を挙げた人の9割弱が斎藤氏を支持したとの結果でした。日本も米国同様、情報をSNSなどに求める傾向が強まっているように見えます。
私は朝日新聞記者時代に米ワシントンで2度勤務しました。2度目の駐在時の2016年にドナルド・トランプ氏が大統領に当選しましたが、00年代前半の勤務当時に比べて、虚偽情報の広がりや社会的分断の深刻化に驚きました。SMPP調査を発案したのも、遅かれ早かれ日本でも同様のことが起きるかもしれないと考え、現状を調査したかったためです。
兵庫県知事選で、真偽不明な情報や県議会百条委員会の委員長らへの中傷がSNSなどで大量に拡散した点は、米大統領選に近いものを感じました。ただ、今回の構図を「マスメディア対SNS」と捉えるべきではないと思います。もともと斎藤知事誕生以前の県政への不信感もあり、改革への期待もありました。SNSなどで流れた情報はまさに玉石混交で、純粋に斎藤氏を応援する投稿も多く、すべてが虚偽や真偽不明ではありません。なぜ多くの有権者が「改革派の斎藤氏VSマスメディアを含む既成勢力」という構図でとらえたのかが重要だと思います。
マスメディアが選挙期間中に報道を「自粛」したことが、情報を隠していると受け取られた面はあると思います。テレビには放送法4条で「政治的公平性」が求められ、新聞も選挙中、特定の候補に有利にならないよう報道に慎重になるのはよく理解できます。しかし、真偽不明の情報が拡散する中で、有権者が真偽を確認したいと思うのも自然なことです。
マスメディアがどのように取材・編集してニュースを出すのか、そのプロセスを透明な形で対外的に示すことが「メディア不信」の緩和のためには重要だと考えます。SNSで広く流れている情報をマスメディアが報じない場合、その理由を自らウェブサイトやSNSで伝えても良いのではないでしょうか。検証したら虚偽だった、事実であるかどうかの確証が取れない、誰かの人権を傷つける、など報じない理由があるはずです。選挙期間中であっても「有権者が今、知りたいこと」にすぐに応える「双方向性」も大事だと思います。
一方、SNSなどデジタルメディアを通じて情報を受け取る際には、サービスのアルゴリズムによって、自分好みの情報に囲まれがちになったり、似たような意見に触れ続けることで自分の信念が強化されやすかったりという課題もあります。そうしたSNSの仕組みや課題を伝えることも含めたメディアリテラシー教育の必要性も高まっていると思います。
民主主義守れるように 津山恵子・ニューヨーク在住ジャーナリスト
共和党のドナルド・トランプ前大統領が大勝した今回の米大統領選で、新聞やテレビなど伝統メディアの影響力が低下していることを見せつけられました。
米国のテレビは有料のケーブルテレビや衛星放送が主流ですが、料金が高いため契約を打ち切る人が増え、伝統的なニュース番組を見る人も減ってきています。新聞も発行部数がどんどん減り、特にローカルの小さな新聞は読者に必要な情報を提供できなくなりつつあります。その結果、人々は無料のポッドキャストやユーチューブなどSNSに向かっているのが実情です。
ただ、SNSで流れる情報は、事実と異なっていても校閲されずに拡散されてしまいます。オンラインの世界では自分が好きな情報だけを見聞きできるので、自分が好きな考えに繰り返し触れる「エコーチェンバー」になり、トランプ氏が信頼できる人物のように思えてくるという現象が生まれたのでしょう。しかしその影響か、分断と差別が拡大していることを私が住むニューヨークでも身近に感じて、危機感を強めています。
投開票10日前の10月25日にトランプ氏が単独出演した、人気司会者のジョー・ローガン氏のポッドキャスト番組は、ユーチューブで11月18日時点で約5000万回再生されています。ほぼ同時期に、民主党のカマラ・ハリス副大統領も米NBCテレビのバラエティー番組「サタデー・ナイト・ライブ(SNL)」のコントに90秒間だけ出演しましたが、その部分を切り取ったユーチューブの再生回数は、同じ時点で約90万回でした。単純に比較はできませんが、1975年に始まった人気老舗番組のSNLに出てもインパクトがなかったことがよく分かりました。
また、フリー記者らの記事を配信する新興のニュースプラットフォーム「サブスタック」も、投開票日前後から有料読者が激増したそうです。ワシントン・ポストなど有力紙よりも関心がある分野の面白い記事を読みたい、という人がそれだけ増えた、という見方が出ています。
伝統メディア側の問題もあると思います。ローカル紙はニューヨーク・タイムズやAP通信が配信する記事で紙面が埋まってしまい、特徴を失って読む気が無くなるような紙面になっています。また、16年の大統領選で主要メディアが、ヒラリー・クリントン氏が優勢だと予測を誤ったことなども、メディア不信を高めました。
今回の大統領選で、ワシントン・ポストが特定の候補者を支持しない方針を表明したことが明らかになりましたが、米ハーバード大のジャーナリズム研究所「ニーマン・ラボ」の記事によると、発行部数の多い95紙のうち71紙が支持表明をしませんでした。これまで米国の新聞は「民主主義の番人」と呼ばれ、有力紙の社説や論説の委員会が候補者にインタビューし、常識や品性を見定めた上で支持表明をするのが伝統でした。今回の選挙でもすべきだったと私は思います。
日本にとっても対岸の火事ではありません。米大統領選を取材して日本のメディアに載った私の記事にトランプ氏に批判的な内容があると、私のX(ツイッター)や編集部のメールに苦情が来ました。トランプ氏支持者に多い、ジェンダーや性的マイノリティーを否定する保守的な思想に共鳴する人が、日本でも想像以上に増えていると実感しています。米国と同様の状態になりつつあると、日本のメディアは認識すべきです。
日本の選挙報道は、量が圧倒的に少ないです。今回の兵庫県知事選に限らず、候補者が集会などでこんな発言をしました、というニュースが極めて少ないです。各候補者の能力や品性が分かるニュースを流すべきだと思います。公正中立、客観性は大切ですが、トランプ氏のような政治家が生まれている状況を冷静に見つめ直し、民主主義を守るためにどう報道していくのか考える時期に来ています。SNSの影響力を分析し、間違った情報を垂れ流しにしているユーチューバーらに対しては、記者も対抗して有権者に刺さるメッセージを発信していくべきです。
SMPP調査
スマートニュース・メディア価値観全国調査(SMPP調査)は、日本における政治的・社会的分断の様相を多角的・実証的に調べるため、政治学や社会心理学、情報学などの研究者が参加した研究会が実施。2023年3月の第1回は、日本国内の18~79歳の有権者を対象に、郵送で約1900件の回答を集めた。2年おきに計5回の調査を行い、10年間の傾向を継続調査する予定。
「論点」は原則として毎週水、金曜日に掲載します。ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp
■人物略歴
山脇岳志(やまわき・たけし)氏
1964年生まれ。朝日新聞で論説委員、アメリカ総局長などを務めた後、2020年にスマートニュースに入社。22年から現職。近著に「SNS時代のメディアリテラシー」「日本の分断はどこにあるのか」(編著)がある。
■人物略歴
津山恵子(つやま・けいこ)
1964年生まれ。共同通信を経て、2006年からフリーの記者。米ニューヨークを拠点に、政治、経済、メディアなどを取材している。編著に「現代アメリカ政治とメディア」。専修大ジャーナリズム学科講師。