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毎日新聞2024/12/1 東京朝刊有料記事2225文字
<くらしナビ ライフスタイル>
「263日」。これは日本の精神科の平均入院日数だ。世界各国に比べ極端に長い。精神科の長期入院問題をめぐっては、約40年間入院させられた患者が国を訴えた精神医療国家賠償請求訴訟==も起きている。この訴訟で原告や支援者はいったい何を、世に問おうとしたのか、同訴訟支援団体副代表でソーシャルワーカーの東谷幸政さん(69)に聞いた。【聞き手・小国綾子】
「強制」でも基準あいまい
――精神科の平均入院日数の「263日」(2023年医療施設調査・病院報告)は世界と比べ、長いのですか。
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◆欧州では10~20日の国が多く、比較的長いドイツや英国でも1カ月以下です。しかも263日はあくまで平均。日本では20年以上の長期入院患者が全国で2万人を超え、年間約2万人が退院できないまま病院で亡くなっています。また、本人の同意のない強制的な入院が入院全体の過半数を占めています。
受け入れ先があれば退院できる人は約7万人。いわゆる「社会的入院」です。国賠訴訟の原告もその一人。彼のカルテを見る限り入院中ほとんど精神症状はなく、本来なら長くても1、2年で退院できるケースだと思います。
――国賠訴訟の口頭弁論には毎回、全国から多くの支援者が詰めかけましたね。
◆当事者やその家族、福祉関係者らが「日本の精神科医療を変えたい」という切実な思いで、手弁当で来てくれました。原告同様、長期入院させられた人もいます。
原告の男性も「私と同じように今も『社会的入院』をさせられている人にも自由を」と国賠訴訟を決意しました。全国130人の当事者や家族の証言も証拠として提出しました。今の精神科医療の問題を世に問いたかったからです。
しかし、10月の東京地裁判決は長期入院について本人の自己責任とし、日本の精神科医療の中身に一切踏み込まなかった。本当に残念です。
――日本の長期入院の背景に何がありますか。
「精神医療国家賠償請求訴訟」の原告(前列左から2人目)や支援者ら。判決を前に東京地裁の前で=10月1日
◆最大の問題は「医療保護入院制度」だと考えています。精神保健福祉法に定められた入院形態では、自傷他害のおそれのある者を対象とする措置入院、本人の同意に基づく任意入院、そして本人の同意がなくても精神保健指定医の診断と家族や親族らの同意があれば入院させられる医療保護入院の三つがあります。
医療保護入院は措置入院と同様、強制的な入院であるにもかかわらず、入退院の基準があいまいで乱用されやすい。経済協力開発機構(OECD)加盟諸国で、患者を強制入院させるのに司法が関与しないのは日本だけです。
他国では入院後に裁判所などが期間を設け、入院の要否を再審査する。人間を拘束し、自由を奪うのですから当然です。日本でも司法が関与し、慎重に判断すべきです。
家族に入院の決定責任を負わせるのも問題。家族の同意で医療保護入院を経験した患者家族の約3割が「本人との関係がこじれた」と答えています。回復の支えとなる家族との関係を損ないかねない。
「地域でケア」促進 行政の責任で
――厚生労働省も「入院医療中心から地域生活中心へ」を掲げています。
◆しかし、実際には医療保護入院のような強制的な入院は減るどころか増えています。日本では「地域で暮らそう」と唱えると「家族に介護を押しつけるのか」という声が上がります。実際、この国では家族の負担が重過ぎる。ケアを家族だけに背負わせる日本型福祉のままではダメです。「地域の理解がないから退院は難しい」という声もありますが、国民の理解を醸成するのも国や行政の責任です。
また、差別解消を目指して、学校教育や社会教育、マスメディアによる継続的なキャンペーンも必要です。
私はカナダ・バンクーバーなど地域ケアの先進地を何度か視察しました。1980年当時でも、バンクーバーの入院期間は1週間程度。投薬も少なく、退院後はグループホームなど地域に戻っていく。
看護師や保健師、ソーシャルワーカーなどがチームで患者の元に出掛け、サービスを提供する。症状の重い人には24時間態勢で看護師が常駐。退院した者が孤立しないよう、居場所など社会資源も豊富でした。多くの精神障害者は家族の元を離れ、公共サービスに支えられながら、自立生活を送っていました。
――日本では民間の精神科病院が多いため病床を減らすのが難しいと指摘されます。
◆ベルギーも民間中心ですが、減った病床分の収入を国が補償するなど改革を進め病床数を減らしました。日本でも長期入院病床を減らし莫大(ばくだい)な医療費を回せば、地域医療の予算をもっと手厚くできるはずです。今日本では、認知症高齢者の医療保護入院が増え、精神科に長期入院することも起きています。誰もこの問題と無縁ではないのです。
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■ことば
精神医療国家賠償請求訴訟
統合失調症と診断され、約40年間入院させられた男性(73)が、地域で生きる権利を奪われたとして2020年、国に賠償を求めた訴訟。東京地裁は今年10月の判決で「入院が長期化したのは国が施策を怠ったためとは言えない」と訴えを退けた。原告は控訴した。
■人物略歴
東谷幸政(ひがしたに・ゆきまさ)氏
1954年三重県生まれ。80年からソーシャルワーカーに。現在、就労継続支援B型作業所「NPO法人プロジェクツけやきのもり」理事長。長野精神医療人権センター代表。