2016年12月28日 (水)
村田 英明 解説委員
親から虐待を受ける子どもが増える中、厚生労働省は第三者が子どもを引き取って育てる里親や養子縁組の普及に力を入れることになりました。
【里親と養子縁組の違い】里親は生みの親が育てられない間だけ子どもを預かって育てます。親子関係は一時的で、親が養育できるようになったら子どもを帰さなければなりません。そして、子どもが18歳になったら里親を解消して子どもは自立して生活しなければならなくなっています。また、児童養護施設などに代わって子どもを育てるので、国から毎月7万2000円の手当や保育所の費用や教育費、医療費などが支給されています。これに対し、養子縁組は家の跡継ぎがいない時などにも結びますが、戸籍上の親になるので親子関係は永久に続きます。ただ、実の親との親子関係がなくなるわけではないので、子どもは双方の親を扶養する義務を負うことになります。また、養子縁組は親子関係を作るのが目的なので手当などは支給されません。さらに、養子縁組には「特別養子縁組」という制度があります。特別養子縁組では実の親との親子関係が消滅して、戸籍上の親は育ての親だけになります。本当の親子になれるように作られた制度なので、戸籍には養子ではなく、長男や長女と記載されるようになっています。特別養子縁組は少しずつ増えていて去年1年間に全国で544件の縁組が成立しています。また、里親の下で暮らしている子どもはおよそ4000人います。しかし、施設で暮らしている子どもが3万人いることを考えると、まだまだ少ないのが現状です。【背景には児童虐待の深刻化】国が里親や養子縁組を増やそうとしている背景には深刻化する児童虐待の問題があります。全国の児童相談所が対応した児童虐待は、昨年度は10万3260件で初めて10万件を超えました。虐待を受けて死亡する子どもは後を絶たず、生まれて間もない赤ちゃんが死亡するケースが目立っています。児童相談所では幼い命を救おうと、これまでは虐待を繰り返す親から子どもを引き離して施設で保護することに力を入れてきました。平成25年の国の調査では虐待を理由に保護された子ども1万5000人あまりのうち、9割は「乳児院」や「児童養護施設」などの施設で暮らしていて、里親に引き取られて暮らしている子どもは1割しかいませんでした。子どもの命を守るために施設で保護するのはいいのですが、そのあとの対策、親が虐待をしないように支援して家に帰れるようにしたり、里親や養子縁組を広めて子どもが親の愛情を受けながら育つようにしたりすることには国はあまり力を入れてこなかったのです。【家庭的な環境で養育へ】こうした日本の児童養護のあり方を批判する声が国内外から聞かれるようになったことから、国はこれまでの方針を改めるために児童福祉法を改正しました。親が育てられない子どもを「できる限り“家庭的な環境”で養育する」という原則を掲げて施設中心の考え方を改めることにしたのです。その上で、来年4月からは国と地方自治体の責務で里親と養子縁組の普及に取り組むことを法律で定めました。中でも、特別養子縁組は子どもの虐待死を防ぐ有効な手だてになるとして国は普及に力を入れたいとしています。【特別養子縁組への期待】今、晩婚化が進んで不妊治療をしても子どもに恵まれない夫婦が増えています。そうした人たちから「生まれたばかりの赤ちゃんを引き取って自分たちの子どもとして育てたい」という相談が児童相談所に数多く寄せられるようになっています。特別養子縁組は戸籍上、自分たちの子どもになるので、赤ちゃんの段階で子どもを引き取って、わが子として育てる人が増えれば虐待死を減らせるかもしれません。【普及を妨げる2つの壁】ただ、特別養子縁組を増やすのは簡単なことではありません。普及の妨げとなっている2つの壁があるからです。それは「親権の壁」と「年齢の壁」です。親権というのは子どもを養育する権利や義務のことです。特別養子縁組は子どもを引き取って育てたい夫婦が家庭裁判所に審判を申し立てて裁判所が認めた場合に成立しますが、実の親が親権を手離すことに同意することが条件となっています。ところが、実際には子どもを育てる気がないのに親権を持つことにこだわりのある親が多く、縁組がなかなか認められない。これが親権の壁です。また、特別養子縁組は原則として子どもが5歳までしか認められていません。6歳を過ぎると認められないようになっているのです。幼い時に養子にならなければ実の親子のような関係を築けないだろうと考えて年齢制限が行われているわけですが、実の親が養子を認めるのかどうか意思表示をしないまま子どもが6歳になってしまい審判を申し立てられなかったといったことも起きています。【特別養子縁組を増やすには】どうすれば特別養子縁組を増やせるか、今週から厚生労働省の検討会で具体策の検討が始まりました。まず、親権の壁については裁判所への申し立ての方法を変えることが検討されています。今は審判の申し立ては育ての親になることを希望する人にだけ認められています。申し立てても実の親が同意しなければ養子縁組は成立しません。そこで、児童相談所に新たな仕事を与える案が浮上しています。まず、児童相談所に実の親から同意を得てもらう。そして、育ての親ではなく児童相談所が審判を申し立てるようにしたらどうかといった案です。ただ、「親子の縁を切りたくない」「いつかは引き取って育てたい」と考えている親もいるので、同意を得るのは容易ではありません。親子の縁を絶ち切るという厳しい決断を迫るだけに、時間をかけて丁寧に説明する必要があります。施設で集団生活を続けるよりも、家庭で愛情をかけられながら生活するほうが子どものためになるということを繰り返し説明して納得してもらわなければ話が前に進みません。特別養子縁組が増えている児童相談所では実の親に会って何度も話をする地道な努力を続けています。その一方で、育ての親への支援にも力を入れています。虐待を受けた子どもは大人の愛情を確認するため、わざと困った行動をすることがあります。相手を試そうとしているわけですが、そうした子どもの行動を理解できるように育ての親の研修に力を入れている児童相談所もあります。このように制度を見直せば、今でも虐待の対応に追われている児童相談所の負担がさらに増えるわけですから、国は特別養子縁組を専門に行う職員を増やすことも考えるべきです。もう1つの年齢の壁については養子縁組が進んでいるヨーロッパ諸国にように対象とする年齢を15歳や18歳まで引き上げるかどうか検討されています。年齢を引き上げれば養子縁組が成立する可能性が広がりますが、これにあわせて、子どもの権利を尊重し、これからは子どもの意思を確認するのかどうか。子どもが他人と親子関係を結ぶことを望んでいない場合はどうするのか。本人の意思確認を何歳から行うのかといったことも考えなければなりません。どれも難しい問題ですが、子どもの利益を最優先に考えて、施設を出て家庭で安心して暮らせるようにするための仕組み作りを急ぐ必要があります。